初心者、「10万人のための投資講座」

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実践『投資講座』





追い込まれた政策発動は投機の波を浴びる
【2008年8月15日】

 前項では、金利差が必ずしも、相対する通貨の優劣に与える影響が、必ずしも学問通りにはいかないことを解説した。
 特に、追い込まれた政策発動、金利の引き上げ・引き下げがあった場合には、当局が望む方向と逆に相場が振れることがこれまでも多々あった。
 市場は、当局の政策発動が適切な幅か、時期かを注意深くみているもので、それよりも若干早めの政策発動があった場合には、当局の適切な政策対応に敬意を表して、当局の意図する方向に相場が動くことがある。
 しかし、多くの場合は、当局の政策対応は、市場が望むタイミングより遅れることがあり、その場合には当局が望まない方向に相場が動くわけです。
 市場、特に為替市場は、当局と投機筋が戦っているわけで、当局がちょっとでも弱みを見せると、市場の鬼達は、当局をさらに追い込む動きを見せるわけだ。
 過去の話だが、ソロス氏がイングランド銀行と対峙した時は、当時、英国の景気が軟調で、EMSが設定した英ポンドの水準が高過ぎるという市場の思いを上手くついて、大規模介入をイングランド銀行が行っても、それを飲み込む英ポンド売りが集まって、イングランド銀行は一敗地にまみれたこともあった。
 これを背景にして、その後のユーロ設立に英国が加入することなく、現在に至っているわけで、投機の怖さはまだまだ認識されていると考えている。
 日本は、ここ数年で見ると、介入も行わず、為替相場に対しては、きわめて中立的な姿勢に終始している。
 しかし、その前には巨額の円売り介入を行い、世界各国の顰蹙をかったのだが、結局、この介入も市場の投機の波を浴びて、介入額に比べて、その効果は小さかったと言わざるを得ない感じだ。
 日本の介入は、投機筋に利食いの場を与えるようなもので、介入手法は稚拙だと言われたものだ。
 とはいえ、巨額介入を繰り返すことで、投機筋が円の取引に興味をなくし、その後、東京市場のボリュームや存在感が薄くなってきたこともあった。
 これも、一つの介入効果だが、東京市場の存在感の薄さの高まりには当局も、困惑しているだろう。
 このように、当局の行動一つで、様々な問題が出てきて、市場を上手に操ることができること、市場との対話が上手にできることが、当局の意図する方向に市場を操ることができるわけだ。
 これも、書いているほど、簡単なことではなく、市場は当局の意図と違う方向に行くから市場であって、当局の思惑どおりに市場が動いていくことは、管理された市場でしかないわけで、時に、当局の意図に反する行動を取る市場に対して、当局が懐の広い所を見せれば、混乱は短期日で収れんする可能性があるわけだ。
(この項、2008年2月執筆)




金利をめぐる考察
【2008年8月10日】

 為替相場の決定要因は、金利差と以前書いたが、これも期待で動くことが多い。
 通常、金利の高い国の通貨が強く、金利の低い通貨は弱い。
 ただ、金利がいくら強くても、ハイパーインフレに見舞われている国の通貨は弱い弱いということを指摘しました。
 しかし、先進国間でも金利が低い国の通貨が強くなり、金利の高い国の通貨が弱くなるという現象は起きています。
 日本円が、そういう面では顕著な動きを見せます。
 今、日本は超低金利下にあることは間違いありません。
 昨年来、金利の調整が行われていますが、米国、欧州に比べて、金利差はかなり大きなものとなっています。
 そのために、例えば円を買ってドルを売ると、金利分のコストを払わなければなりません。
 円をずっと持ちにくい要因として、金利差が大きな位置を占めています。
 こうしたところに目をつけたのが、個人の為替証拠金取引で、金利の高い通貨を買って、低い通貨を売れば、金利差が恒常的に享受出来る仕組みになっています。
 しかし、相場は時として、金利差に関係ない動きをすることがあります。
 ファンダメンタルズに大きな変化があった場合には、金利差を無視して、金利の高い国の通貨を売り、金利の低い通貨を買うという流れが起きます。
 つまり、金利差は、何も材料がない時に、為替取引の羅針盤となるのですが、いったん事が起こったら、金利差はないに等しいこともあるのです。
 金利の高い国の通貨が、利下げを余儀なくされることがあります。
 その場合には、金利を下げなければならない理由が生じたわけで、金利を下げる=当該通貨売りという構図が成り立つわけです。
 しかし、金利を下げることによって、その国の経済の建て直し、あるいはファンダメンタルズの好転を目指すもの、と市場が受け取れば、従来あった金利差が縮小しても、当該国の通貨は買いということになるのです。
 理論的にはおかしな話ですが、その国の経済が好転するという期待が、当該国通貨を買わせる、そういうメカニズムが為替相場には強いのです。
 逆に、景気が良くて金利を引き上げざるを得なくなった場合、当然、金利差が拡大するわけですから、当該国通貨は買いということになるのですが、将来、景気が後退することを想定した利上げとなることで、当該国通貨は売りということにつながります。
 学問的には、金利高=当該通貨買い、金利安=当該通貨売りとなりますが、実際にはそうでないことたくさんありますよ。
(この項、2008年2月執筆)




国内不況時も円高は進行
【2008年8月3日】

 前項では、円高は米国が不況時に起こると書きました。
 裏を返せば、わが国景気が不況の時にも円高は起こるということなのです。
 本来、その国の通貨が強くなるには、経済的に好調なこと、政治情勢が安定していることが大きな要因になります。
 それに金利が高いこと。
 もちろん、インフレで金利が上昇するような、追い込まれた金利上昇ではなく、景気の好調さを反映して、モノの値段が上昇して、それを抑制するために金利を上げるというような動きが出ることです。
 そういう状況にあった時に、当該通貨が上昇するというわけです。
 でも、不況時にも通貨は上昇します。
 国内景気が好調な時には、株価も上昇します。
 株価が上昇することで、余裕資金ができます。
 そうなると、投資に余裕ができることで、分散投資の一環として、海外に投資する動きが強まります。
 バブル時の日本のように、海外の不動産物件を買い漁ったり、企業買収を行ったり、巨額の資金が海外に流れるのです。
 好況の時は、そうしたお金が海外に出て、意外に当該通貨は上昇しないこともあるのです。
 逆に、不況になると、国内株式も下落、余裕資金がなくなって海外への投資が減少します。
 さらに、国内では金不足となり、海外に投資した資金を国内に戻す動きが出ます。
 不況なのに、為替市場では当該通貨が上昇する、そういう動きが出るわけです。
 もちろん、近隣諸国で政治的混乱が生じたなど、外的要因が出た時には、同じ地域に対する不信感から当該通貨は売られることもあります。
 日本で言えば、北朝鮮情勢、朝鮮半島情勢、中台情勢の変化などが、円売り材料として、いつも見越しておかなければならないことです。
 ただ、単純に不況だから円は売り、そういう発想は為替市場ではありません。
(この項、2008年1月執筆)




円高は米国が不況の時に起きる?
【2008年7月28日】

 米国経済の変調が指摘される中で、米国経済が後退すれば輸出頼りの日本経済にとって大きなマイナス要因になるとの声が財界を中心に強まっています。
 確かに、輸出が経済をけん引している日本にとっては、米国経済の減速は大きなマイナス材料になる可能性が高いだろう。
 ただ、不景気の円高、好況時の円安という動きが為替市場では常識であることは分かっているでしょうか?
 これまでも、米国経済が低迷する中で、円は一段高になることが少なくなく、貿易面での動きからすると、矛盾した動きが為替相場では見られていたことが多かった。
 学問と実際の為替相場の動きが違うことを何度も証明していたわけだ。
 今年の予想としても、米国経済はサブプライムローン問題が波及する中で減速懸念が強まっていることで、円高はないとの読みが多いのも事実だ。
 米国景気減速=輸入減少という構図を当てはめれば、我が国からの輸出が鈍化することは間違いないだろう。
 しかし、米国景気が鈍化するということは、ドルにとってもマイナス要因になるわけだ。
 さらに、わが国企業は米国に拠点を置いてものを生産しているわけで、ドル安は米国に拠点を置くわが国企業にとって、輸出拡大のチャンスとも言えるわけだ。
 以前、米国生産の日本車が、日本に逆輸出された例もあり、ドル安・円高が鮮明になれば、日本企業にとっては米国産の物品を日本に逆輸出することができるチャンスになるわけだ。
 これはあくまでも、ドル安・円高に進んだ場合ということだが・・・
 政治的な側面からのドル安・円高があり得ることに注意を払う必要があるだろう。
 米国景気が減速すれば、雇用も減少する。
 雇用の減少には、米国民の反発が強まるわけだ。
 となると、米国民の雇用を守るため、米政府はドル安を選択して、海外からの輸入が少なくなるような措置を取るわけだ。
 米国は、原則、為替相場には介入しないという姿勢を見せているが、米国ほど、為替相場を利用して国益を図っている国はいない。
 かつては、ニクソンショックでベトナム戦争で疲弊した米国経済を救うためにドルと金との兌換を停止したり、プラザ合意では貿易赤字・経常赤字という双子の赤字をチャラにするためにドルを切り下げ、当時のマルク、円を大幅に引き上げるという何とも不合理なドル安を演出した。
 本来なら、貿易・経常の双子の赤字は、米国自身がそれを解消するべく努力をしなければいけない問題であったのに、為替相場を操作することで、赤字解消を図ったというわけだ。
 さらに、その後も、米国の都合に合わせて、ドル安・ドル高を演出していることは間違いない。
 米国に資金が流入しにくい状況になると、ドル高は米国の国益にかなっていると声高に叫んで、海外からの資金流入を促す一方、逆にドル高で米国経済が減速するような動きを見せると、他国の通貨が安過ぎると批判する。
 決して、ドルが高過ぎると言わないところが大事で、ドルが高過ぎるなんて言ってしまうと、ドルが暴落する恐れがあることは火を見るよりも明らかなことを米国の指導者は良く知っているわけだ。
 ましてや、今年は大統領選挙の年。
 共和党としては、経済の失政を責められないために、民主党としては政権の経済失政を責めるためにも、ドル高に対する厳しい見方がでる可能性が強い。
 そうした政治の波に踊らされて、ドルはじりじり売られていく、そんなイメージを持つことが必要なのだろう。
 米国経済減速で、日本は輸出が阻害されて円安になる、そんなことを考えているのは、暢気な日本の経営者だけですよ。
 いやいや何も知らない、アナリスト・エコノミストだけですよ。
 米大統領選挙の年ということを加味すれば、米経済減速はドル安・円高が進む年、そういう考え方が合理的です。
(この項、2008年1月執筆)




投資より、投機を志向
【2008年7月21日】

   皆さんの話を聞いていると、どうやら、日本国民的に投資には興味はなく、投機を志向する声が大きいようだ。
 長い目で、じっくり企業を育てる意味で、株式投資をすると面白いなんて話をすると、短期で株式を売買して、利益を得たいという声が圧倒的に多い。
 これを投機というのだが、皆さんは投資より、投機がお好きなようだ。
 投資は、前回にも書いたように、ある種、ボラティア、企業を育てる夢がなければ、いつまでも、その企業の株式を保有していることは難しいと書いた。
 お金儲けだけをしたいなら、その金がゼロになる、あるいはマイナスになるかもしれないが、投機時を考えてお金を使う方法もあると思う。
 要は、金さえ儲かればよいのだから、それがインサイダー取引に基づくものでも構わないわけで、むしろ、インサイダー取引に基づくものであれば、ある程度、儲かる方に分があるわけなので、金儲けができるというものだ。
 お金儲けに、奇麗、汚いはないわけで、お金になって戻ってきた時には、それはあなたのお金というわけだ。
 そのためには、インサイダー取引は厭わずに、日々、胸の苦しくなるような思いをして、株式市況を睨んで、自分の株価を見ながら、日々を送る、そして、その結果、お金が儲かればそれに越したことはないわけだ。
 逆に、間違えて注文した株が、あれよあれよという間に、値を上げて、とんでもない金儲けができることもある。
 どっちにしても、買わないと始まらないということで、あなたは株を買うのだが、金儲けだけを考えて、どの株が上がるのか、それしか考えないで、株を購入するのだ。
 リスクがある、そう書いても、そういう人はきっと、リスクを感じる間もなく、株式投機で利益を上げることができる人なのかもしれない。
 そうでなく、本当に大丈夫かなあ、そんな心配をしている人に限って、運悪く、下がる株ばかりを購入していることになっているのだろう。
 でも、いつかは、株で大儲けすることを夢見て、株式を購入し続けるのだ。
 宝くじを買わないと、宝くじは当たらないというように…
 そういう集団が、たくさん株式市場に入ってくるのを、守銭奴は待ち構えているわけです。
 株式市場=投機市場に、鴨がネギを背負ってくるのを待っているわけです。
 あなたが、餌食にされる可能性…結構強いです。
 でも、投機に参入するわけですから、それぐらいは覚悟していますよね。
 それが出来ない人は、もうちょっと考えてから、投機の道を進んでください。
(この項、2008年1月執筆)




投資というのは…
【2008年7月14日】

 その意味で考えると、投資はある種、ボランティアに似ているのかなあ。
 もちろん、お金を運用するという立場では、投資は収益につながらなければなりません。
 企業の将来性、事業の将来性を考慮して、お金を出すわけですから、収益につながらないのは単なる寄付行為です。
 寄付をたくさんして、それでも生活が成り立つのなら良いのですが、ここで対象にしている投資家のみなさんは、少ないリスクで、収益を上げたいと考えている人たちが多いと考えているので、そのためにはどんなリスクに注意しなければいけないのかを書いてきたつもりです。
 もう一度、投資をする時の考え方をおさらいしてしましょう。
 ここに、今すぐ使う必要がないお金があります。
 銀行や郵便局に預金・貯金をしても良いのですが、利息があまりにも少ないので、もうちょっと利のある商品に移したいと考えます。
 株式市場は、いろいろな問題で上値を狙える状況にはありません。
 しかし、個別では値が上がりそうなものもあります。
 ただ、100万円で購入したものが、150万円、200万円という水準まで上昇することは全く考えられません。
 しかし、預金・貯金で預けておいて1年経っても、僅かな利息しかならないことを考えたら、リスクがあっても、自分の好きな銘柄に投資をしたいと考えます。
 あるいは、おまけを狙って銘柄を選んでも面白いかと思います。
 配当に加えて、お米がついたり、航空・運輸関係なら一定の地域にいける航空券、乗車券を受け取ることができます。
 株を購入するということは、ただ、値上がりを期待するだけではなく、こうしたおまけも楽しみです。
 そうした「おまけ」は証券会社の店頭に行けば、どんなものがあるか確認できますし、インターネットでその企業のホームページを閲覧すれば、株主優待として何があるか、細かく書いてあります。
 それらを参照にして、株式投資をすれば、平均株価が不安定な動きをしていても、それなりに楽しむことができます。
 さらに、地球環境を考えながら生活している人には、環境に配慮した企業哲学を持っている企業の株を購入することをお勧めします。
 地球規模の環境に配慮しながら、企業運営をしている企業はありますが、本当にそうしているのか、あるいは見せかけだけか、それを見破るためにも、そうした企業を探すことも楽しいものと考えます。
 子育て中には、子供の玩具、衣料品等々、子供を単なる商売にしているのか、それとも子供本位で商品開発をしているのか、そういうことまで考えて投資することは面白いと考えます。
 そうすることで、本物の企業が生き残る可能性が強いわけですし、一人一人は少ない資金でその企業の株を購入しても、安心・安全な企業に、多くの資金が流入することで、そうした企業が安定的な経営を維持できる可能性があります。
 そういう意味で、ある種ボランティアと書いたのですが、本質は手持ち資金を増やしていく、それが投資ということです。

(この項、2007年12月執筆)




健全な精神に基づく金儲けは不可能か?
【2008年7月5日】

 非常に難しい命題だが、投資はある種の規制を伴うものではないだろうか?
 あるものに投資してとにかく利益が上がればよい、そう考える人は投資には向かないと考えています。
 実際は、儲からない投資をしても仕方ないよ、何て思っているのですが。
 買い・売りはもちろん自由です。
 例えば、株式投資の場合、ある銘柄に投資して、その銘柄が上昇した場合には、短期での売買をしようがしまいが、それはその人の自由だ。
 ただ、投資とはその企業の将来をどう読むのか、その企業の健全な発展を願いながら、資金を預けることになるのではないだろうか。
 となると、投資には短期売買は似合わないわけだ。
 長期的な投資資金がその企業に入ることで、その企業は安定した経営を行うことができる。
 もちろん、その企業が投資家の意に反して、社会的不正義を行った場合や、経営を危うくするような策を打ち出した時など、敢然と異議を唱えるのも投資家の仕事だ。
 海外のファンドが、経営に異議を唱えて、色々揉めたのは周知の事実だ。
 海外のファンドが言っていることも一理はある。
 海外のファンドの言い分が通らないのは、まだ日本の市場が未成熟ということなのだろうが、投資家の範疇を逸脱して、企業をマネーゲームの材料とみている姿勢にも問題があると思う。
 もちろん、金儲けは悪いことではない。
 買収、合併等を繰り返して、企業が大きくなることも悪いことではない。
 ただ、それにも一応のルールがあると考えています。
 健全な企業経営を危機に陥らせるような投資は、投資とは言えないのでしょう。
 日本企業が裁判所に訴え、その結果、海外ファンドが一敗地に塗れたように、投資でない、単なる敵対的買収まで投資というのには鼻白む思いです。
 でも、欲の皮が突っ張った人々には、投資は金儲け、そう考えているのでしょうね。
 理想論で、世の中通らないのは、様々なことで良くわかりましたから。
(この項、2007年12月執筆)




投資とは単なるお金儲けの手段ではない?
【2008年6月28日】

 この小論文を書きながら、いつも考えているのは、為替証拠金取引に参加している人は、業者に言われて金儲けの手段として、為替証拠金取引を行っているにしか過ぎないと思っています。
 つまり、金が儲けられるなら、それで十分。
 金儲けの手段として、手っ取り早い金儲けの手段として、為替証拠金取引に参加している、そう考えています。
 そういう人がたくさんいるだけに、僕のようなこんな小論文を書いても仕方ない、何てことも考えるのです。
 だって、金儲けが出来るなら、何でも良いわけだから、どんな原因があって、為替相場が動くかということは関係ないわけですよね。
 結果として、お金儲けが出来れば良いと思っているだけなので、それがたまたま為替証拠金取引だったというわけです。
 株にしても、債券にしても、商品にしても、何でも良いからお金儲けが出来ればよいわけだから、やっていることはギャンブルと変わりません。
 例えば、株式の取引は、その会社の業績や将来性に投資するわけです。
 その会社の事業が好調か否か、様々な材料を見つけて、投資を行います。
 自分が調べた材料が、株価に正しく反映されるか否かは別物ですが、投資する会社のことを色々調べ、その結果、お金儲けにつながるという、ちょっと甘い観測ですが、それが出来ることが投資の面白さだと思います。
 例えば、今は、その企業の社会性、道徳性等、企業本来の儲けること以外でも評価される面があると思います。
 日本では食に携わる企業の悪辣な出来事が増えています。
 結果として、収益をあげていても、その企業が社会的な不道徳を行っていたら、葬り去れてしまう、そういう状況にもなっています。
 そう考えると、投資とは単なるお金儲けの手段ではないともいえると思います。
 もちろん、投資をすることで、収益をあげることが投資家なのですから、お金儲けは当然と考えます。
 それと同時に、投資家の気概は、将来性のある企業を見つけて、早めに投資して、その企業が成功したときに、あるいは売り上げが伸びたときに、投資家は配当を得たり、株価が上昇したときには、うまく利食ってお金儲けをするというのが投資家の醍醐味なのでしょう。
 しかし、為替証拠金取引を行っている人、あるいは株式投資をしていても、今の投資家はにわか作りの投資家であって、結局はけちな金儲けの亡者に過ぎないような気がしてなりません。
 それでも、資本市場にお金が入ってくればそれでよいとも思うですが、色々なレポートや情報が交錯する中で、結局はカネが儲かればよいという、そんなことでは市場自体がおかしなことになってしまう可能性があります。
 事実、原油市場は、その役割を終えている、そんな感じです。
 投資とは何か、それをきちんと意識しながら、投資できない人は、今すぐ市場から退出すべきでしょう。
 今、市場が機能不全に陥る可能性が強まっているだけに、切にそう考えます。
(この項 2007年12月執筆)




乱高下商状で声も出ない証拠金取引?
【2008年6月22日】

 米サブプライムローン問題をきっかけにした為替相場の乱高下は、個人投資家に大きな影響を与えているようだ。
 この夏まで、円が下落する流れの中で、為替証拠金取引は金利の低い円を売って、金利の高い外貨を買うことで、円安が進めば為替益とともに、スワップという名の金利も受け取ることができ、円を売ることで二度美味しい思いをした個人投資家が少なくなかった。
 しかし、サブプライム問題に端を発した円高の動きは、こうした単純な為替取引を覆す動きを見せたことで、単に円を売って、ドルやユーロ、あるいは豪ドル、NZドル、さらには南アランドなど高金利通貨を買って、為替益とともに、金利を受け取っていた個人投資家にとっては予想外の動きとなった。
 もちろん、為替取引だから多少の上下は織り込み済みで、その意味ではストップロスポイントを顧客に進めた為替証拠金取引会社は、リスクの説明は十二分に果たしていると指摘するだろう。
 しかし、為替証拠金取引会社は、個人投資家に向かって、リスクの説明はしたというものの、金利差を利用したスワップで、円を売ることで収益をあげることが出来ると宣伝していたのではなかったのでしょうか?
 円安に進めば、スワップと併せて、利益が上げられますよ、そういって、顧客を誘ったのではないでしょうかね。
 為替相場のダイナミックな動きがわからない素人を相手に、為替証拠金取引に誘ったのではないでしょうか?
 もちろん、円安に進んでいるうちは為替証拠金会社が指摘するとおり、円よりも金が高い国の通貨を買っておけば、金利収入が手に入り、さらに円売りした時点より、さらに円安が進み、ある時点で円を買い戻し、利益を確定すれば、金利益とともに、為替益も獲得できるわけです。
 確かに、為替証拠金取引がスタートして以来、何度か、円高はありましたが、ある意味一貫して円安が進んだ動きが多かったような気がします。
 一時の円高場面では、ストップロスを強いられた個人投資家も少なくなかったように聞いていますが、それでも今回のような円高ではありませんでした。
 この間の円高は、米経済の不調が要因となりましたが、米住宅部門の落ち込みはこれほどでもなく、むしろ、中国人民元の引き上げを材料にしたドル売りの結果、円高が進んだという副次的な円高に過ぎなかったような気がします。
 しかし、今回は違います。
 これまで、いつまで続くかと見られていた米国の好調な住宅ブームが、とうとう破裂したわけです。
 米国の住宅好調の背景には、当初はベビーブーマーの子供の世代が家を持つ時代に至ったのが住宅好調の要因といわれ、その後も、米住宅部門の好調が続いていたわけです。
 なかなか、説明のつかない住宅部門の好調だったのですが、蓋を開けてみたら、本来の住宅ローンでは、ローンが組めない人に対して、高額のローンを組んで、住宅購入を促したのが要因であることが判明しました。
 彼らの年収では、住宅ローンはいずれ返せなくなる、そういう事態に陥ることは明らかになっているのに、住宅ローン会社はその債権を金融機関に売却し、その金融機関はその債権を仕組み債に組み込んで、さらに世界の金融機関や機関投資家に売りつけるというわけだ。
 そうなると、破綻がわかりきっている住宅ローンを組み込んだ証券が、いずれ破綻するのはわかっていたのだが、そこで格付け会社がそうした証券に最上級の格付けを与えてしまったものだから、世界中の金融機関や機関投資家が競って購入を決めてしまった。
 まさか、格付け機関の格付けがインチキだとは思わないから、プロの目も簡単に欺いたわけだ。
 そういう中で、個人投資家がどう立ち向かっても勝てるわけがありません。
 円高もズルズルと息の長い円高になる様相となっています。
 これまでは、円高がある程度進んでも、そこが円の高値と睨んで、個人投資家の円売りが持ち込まれると、その水準を円の上値に円はじりじりと下落する動きを繰り返してきたが、今回ばかりはちょっと色合いが違っている。
 一気に109円台まで円高が進んで、戻り売りを浴びても、またするすると、円が上昇する動きを見せている。
 タイミングよく、サブプライムローン問題に絡む追加損失の話が出たり、欧米ではヘッジファンドの経営不安説、信用収縮が噂されるなど、いつまでたっても、不透明感が払拭されないわけだ。
 こういう流れの中で、個人投資家の声が徐々に乏しくなっている。
 いつもなら、知ったかぶりをして色々話す人たちも、話が出来にくくなっている。
 きっと、109円台に円が上昇した場面で、円売りを持ち込んだのでしょう?
 110円台に乗せた場面で、利食えばよかったのですが、おそらく、もっと円は売られると踏んで、利食いの時を逸したのでしょう。
 いや、ここまで円高が進むとは読んでいなかったので、円が上昇する場面で、円売りを持ち込んでストップロスを強いられて、かなりの損失を被ったのかもしれません。
 いずれにしろ、プロでも騙された今回のサブプライムローン問題で、ここまで相場が荒れたために、手を出しにくい状況に陥っているのではないでしょうか?
 1ドル=105円を超えるような円高があったときには、目をつぶって円を売りましょう。
 そして、小まめに利食いを入れて、小銭を稼ぐことに徹しましょう。
 そうすることで、今回のダメージを回復できることを祈っています。
(この項 2007年11月執筆)




真の改革で生活は一変?
【2008年6月15日】

 改革は、悪いことではありません。
 改革することで、今まで理不尽な商慣行が罷り通っていたのが、それが無くなることで、生産者にも消費者にも良い結果を生む可能性が高いのです。
 消費者は、良い商品を、適正な値段で手に入れることが出来、生産者も適正な値段で売ることが出来ることで、次の生産に結びつく、そういう可能性があると思います。
 年金問題も、理不尽なお金の使い方さえされなかったら、年金を支払ってきた人が、それなりの老後を享受できることになっていたと考えています。
 役人が着服、あるいは自分らの退職後の職場を作るような関係会社を作らなければ、あるいは年金を使って、マッサージ機等を買うような馬鹿なことをしなければ、一日、パソコンに触るのは何タッチ、何て馬鹿なことをしなければ、年金はもっと、もっと残っていたと考えます。
 その残った年金をリスク商品で運用するようなことがなければ、本当に、普通に年金が運用されていたら、私たちの老後はもっと安心できたと考えます。
 しかし、年金発足当初から、そのお金を狙って、役人や政治家が群がって、お金を取り合っていたようです。
 どうして、国民のことを考えられる人が責任のある地位についていなかったのでしょうかね?
 そういう意味では、そのような世の中の仕組みを改革することが、今一番求められているのでないでしょうか?
 企業は儲かるが、そこで働いている人の給料は下げられている。
 そういう状態も、労働組合を改革して、もっと労働者に重きを置いた活動をして、何とか国民の暮らしをあげていかなければならないと考えます。
 労働貴族という言葉は、死語にして、真に労働者のために働く労働組合にすることも、改革と考えます。
 そういうと、まだまだ改革はたくさんあります。
 小泉さんや竹中さんが行ったのは、強きものがもっと強くなり、持てるものがもっと持てるようになることです。
 弱肉強食といってよいでしょうか?
 そんな必要がないのに、改革といういかさまをしながら、弱いものからお金を、生活を奪っていったのです。
 みんなが豊かさを実感できる改革の輪を、今からでも遅くないから広げることが、この国の責務ではないでしょうか?
 そのためには、改革に向けて私たちは、人を選ばなければなりません。
 政治家を選ぶこと、それも真の改革に向けたワンステップに過ぎないと考えています。
どうして改革が国民生活のプラスにならないのでしょうか?
 前項に書いたように、真の改革は国民生活にとって、好都合なものになるはずです。
 不便が便利になって、国民生活は潤いのあるものになるはずです。
 小泉・竹中は、改革には傷みが伴うと力説していましたが、そんなことはありません。
 一時的な痛みはあるでしょうが、それも今のような致命的な傷みではありません。
 それを改革という名の搾取を続けながら、国民には痛みだけを要求していたわけですから、改革という名は国民に痛みを連想させるものとなっています。
 結局、小泉・竹中の改革は大銀行が生き延びるための公的資金投入、大手企業が利益を上げることが出来ること、そして忘れてならないのは、米系企業(ファンド)が日本国内で収益を十二分にあげることを約束することになりました。
 結果は、大手銀行は今では公的資金を返済し、過去最大級の収益をあげています。
 大手企業も、社員の給料は下落し続けていますが、企業収益は大きく上昇、借入金の返済をどんどん行っているのが現状です。
 ついでに、役員報酬は上昇を続けているといったところでしょうか?
 しかし、公的資金投入の影で潰された金融機関があったり、中小企業は倒産したところも少なかったのです。
 そういう企業は、見せしめではないですが、改革の代償として潰された、そういう感がないわけではありません。
 改革は、地方と都会の格差を拡大させたといっていますが、これも地方の状況を把握していなかった小泉・竹中改革の悪性が為せる業です。
 米国と大銀行・大手企業にしか目が向いていなかった結果が、こうした格差拡大につながったわけです。
 さらに、官僚が自分の利益のためにしか存在していないことも、悪性を助長する結果につながりました。
 国民の視線に立った、そういう政治が出来ない以上、官僚が国民の公僕として、真に仕事にまじめに取り組んでいたら、格差がこれほど広がることはなかったと考えています。
 難しい試験を乗り越えてきた人たちですから、頭の良い人たちが揃っているわけです。
 しかし、官僚はその頭脳を、税金から如何に金をかすめとるかに集中している、そういう感じがします。
 中には、真の国民の公僕として、日々勤務に励んでいる官僚もいるでしょう。
 でも、多くのほとんどの官僚は、如何に生涯賃金を上げるかに、精根を傾けていたのではないでしょうか?
 官僚をリコールできないことは国民にとっては大きな不幸です。
 せめて、二大政党で、政権の交代があれば、悪質な官僚が排除できる可能性もあるのですが、茶坊主に過ぎない官僚たちは、あの手この手で生き残りを図るのでしょうね。
 ともかく、改革が真に行えるような、そういう国づくりをしていくのは国民しかいません。
 いろいろな問題について、政府の主導ではなく、国民が主導することで、国を変えていく努力が必要になります。
 多くの国民が望む改革、それが実行できれば、改革は、こんなにも国民の生活を豊かにしていくということがわかると思います。
 そして、1年に3万人以上の中高年の自殺者がある、そんなおかしな国が変わっていくことは間違いないと考えます。
(この項、2007年11月執筆)




本来的な改革は・・・
【2008年6月8日】

 本来、改革は、良い方向でみんなが暮らしやすくなることが実現する方策だ。
 例えば、駅の階段が、エスカレーターやエレベーターに代わることで、お年寄りや足の不自由な人など、階段がネックになって出掛けにくい人にとっては、良い方向で変わったということだ。
 そのためには、その施設を作ることで、階段が狭くなり、通行に不自由した人がいただろう。
 さらに、そうした施設を作るお金が必要なために、何か大事なことを削っていないか、心配なこともないわけではない。
 保守作業が減らされたり、線路、枕木の材料の耐用年数が延ばされたり、我々の目の届かないところで、コスト削減という美名の下に、やるべきことをしっかりやっていない、そんなこともあるかもしれません。
 しかし、目に見える形では、障害者もお年寄りも、若い人も、エスカレーターやエレベーターができたことで、便利になったと感じているのではないでしょうか?
 あるいは、食品や衣料品等々、構造改革が進む中で、一次問屋、二次問屋等を介さないで、直接物品が焦点に運ばれることで、安くなったと実感しているのではないでしょうか。
 しかし、これも大規模店の場合で、そうした店に足を運ばなければ、享受できないわけです。
 これまでは、小売店を守るために、大規模小売店法で、店の面積等々、細かい決まりごとがあったために、大量販売する場がありませんでした。
 個人商店の人には申し訳ないのですが、個人商店に同じようなサービスができない以上、賃金がカットされている人にとっては、そうしたお店が本当に助かるものとなっているのです。
 個人商店でも、その店にしかないような特徴のあるもの、そういうものがあれば人は集まりますが、電気商品等々、どこでも売っているものを大手の販売店と争っても、個人商店にはとってもかなわないものなのでしょう。
 とはいえ、これまで以上に、サービスが求められる中で、質の高い、顧客ニーズに応じたサービスが提供できるような場合はどうでしょうか?
 これも個人商店の場合なのですが、仮に、大規模店が出来ないような質の高いサービスを提供するような改革を行えば、やはり地元の商店ということで、顧客からの引き受けは出てくるのではないでしょうか?
 そういう努力をしないで、大手にはかなわない、そう決め込んで店を畳む商店街が後を絶たないようですが、元気の出る商店街を作るためにも、改革が求められているのと考えています。
 これだけ、安いものが氾濫している中で、安いものは所詮、安物と悟った消費者も少なくないと考えるのです。
 痒いところに手が届く、商人魂があれば、まだまだ顧客を獲得できる可能性はあり、そう見ています。
 そういうレベルで、改革を行うことができれば、日本はもっと、もっと暮らしやすい街が増えるのではないでしょうか。
 お上が唱えるだけが改革ではないという矜持を見せていただきたい、そんなことも考えています。
 本当に何が、顧客ニーズを奪うのか、わけのわからない社会になっていますから。
(この項、2007年11月執筆)




改革で誰が得をしたか
【2008年5月31日】

 小泉・竹下改革で、誰が得をしたのだろうか?
 例えば、住専問題では、大手銀行の巨額の資金を注入して、大手銀行が倒産しないような配慮を行った。
 経済の血液といわれるお金の流れを、瞬時もストップさせるわけにはいかないことが、大手銀行を救済する策になったわけだ。
 大きすぎて潰せないというわけだ。
 それなら、小さいものは潰して良いのか。
 金融機関でも小さいものは淘汰され、個人はもっと冷酷に扱われた。
 今、米国ではサブプライムローン問題で大変なことになっているが、個人の破産を何らかの方法で回避する手はないのかと、米政府は真剣に考えているようだ。
 もちろん、モラルハザードを指摘する声が強く、実際に、もともと優良な借主ではないから、通常の住宅ローンを借りることができなかった人たちに、そこまで手当は必要なのかと指摘する声も少なくない。
 しかし、住宅の借り手は、住宅ローン会社に上手くはめられた形で、数年後には手に入れた住宅を手放さざるを得ない状況に陥っているわけだ。
 住専問題の時には、やはり大手銀行に対する公的支援はモラルハザードを招くと批判も多かった。
 結果として、モラルハザード以上のものを大手銀行に与えることになったと考えています。
 つまり、大手銀行は潰せないということを国が身をもって示したということです。
 本来、住専問題は、大手銀行の過当競争のなせる技だったわけです。
 借りて探しで、何に対しても融資したのが当時の大手銀行です。
 土地はもちろん、ボート、ゴルフ会員権、さらには証券会社と一緒になって、投信を売りに顧客のもとを訪ねたこともありました。
 これは重大な法律違反です。
 その法律違反を犯しても、何でも貸し付けをしたもの価値というわけなのです。
 責任を取ったのは、潰された銀行の経営陣で、今の大手銀行の経営者は、ある意味、無罪放免です。
 構造改革という美名の下に、一番下の労働者が割を食って、経営者は小金を貯めている、そんな構図が見えてきます。
 結局、改革で得をしたのは、持てる者、持たざる者はわずかな蓄えも減っていった、そういうことではないでしょうか?
 そう、今流行りの格差拡大をより大きくしたのが、小泉・安倍改革だった。
 いや、小泉・竹中改革だったと言い換えても良いでしょう。
(この項 2007年11月執筆)




そもそも改革とは・・・
【2008年5月25日】

 改革は、古き因習を壊して、新しい風を流すことになる。
 古い商取引で、新規業者が参入しにくい時には、古い商取引を改善することから始まる。
 もちろん、古い商取引に胡坐をかいて、新規参入を阻む行動を古くからの業者が行っていた場合にだ。
 新規参入だけを大事にするのが改革ではない。
 その業界が儲かっているとみて、ただ、儲けだけを求めて、商慣習、労働慣行を無視して、参入を図ろうとする業者は、排除されて当然だ。
 もちろん、古くからの業者が従来の慣行を守ることで、労働慣行も旧来のものを死守し、労働環境に配慮しないことも、当然、それを変える必要もある。
 これまで、日本では、商品が流れる仕組みの中で、問屋、二次問屋、三次問屋という流れがあった。
 本来なら、生産者から直接商品が商店に流れれば、消費者には問屋が絡んだ分の手数料が少なくて済み、安価な商品を購入できることになる。
 これまでは、そういう問屋制度は商品の価格を引き下げる阻害要因となっていたわけだが、こうした構造が改革される中で、生産者から消費者に直接流れることで、いろいろな商品が安く販売されているのは、消費者が身をもって実感していることだろう。
 安ければ良い、そういうことが当たり前のように改革とイコールになって感もある。
 確かに、従来の商店、商店街が続々と潰れているのは、旧態依然の流通システムを頼り、その結果として、安価な商品を消費者に提供できないことが少なくないだろう。
 しかし、安価な商品が消費者に流れる中で、労働者の賃金も下がっているのはどういうことなのだろうか。
 もちろん、売り上げが落ちれば労働者の賃金は下がっていくのは当たり前のように思えるが、生産者はこれまでのように、流通段階でお金をかけなくて済むわけで、商品価格は安くなっても、従来のような流通システムで手数料として取られていた分を勘案すると、十分に収益が上がっていることになるはずだ。
 流通業者は、仕事を奪われ、転廃業に迫られるなど、流通業の構造改革では、一番痛い目にあっているのだろう。
 しかし、こうした中でも、しっかりと生きている流通業者もいるわけで、また、流通業者がしっかりしていなければ、商品が生産者から消費者に届くことは難しくなるわけだ。
 そういう生き方をしていくか、それが問題で、構造改革という錦の御旗を掲げているだけでは本当の改革はできないというものであろう。
 構造改革することで、例えば、消費者は良質で安価な商品を手に入れることができ、生産者はまっとうな収益を上げることができ、労働者も労働に見合う賃金を得ることができるということだ。
 しかし、小泉改革ではどうだろう。
 消費者は、安価な商品を手に入れることができたが、質の面では不安が強まっている。
 大手生産者の詐欺的行為で、危ない商品が市場に出回っている。
 時折、あの生産者が、どうしてそんな「ずる」をしているのか、本当に驚く事件が噴出するが、そうしないと収益が上げにくい構造がまだ残っているということだろう。
 また、労働者も、競争が激しくなる中で、賃金はじり貧となっているのも事実で、改革の結果がみんなが貧しくなっているというわけだ。
 本当に、そういう状況にあることが改革といえるのだろうか?
 小泉さんも、安倍さんも、今は我慢して欲しいと言っていたが、いつまで我慢するのかはついに言わないまま、首相の座を去った。
 何とも、国民はやるせない思いをしているのではないだろうか。
(この項、2007年10月執筆)




続々・改革は本当に正義なのか
【2008年5月17日】

 続々・改革は本当に正義なのか  郵貯の民営化が10月1日からスタートした。
 大蔵族議員として、銀行族として銀行の強い味方だった小泉元首相が政治生命をかけて行った郵貯の民営化が日の目を見たわけだ。
 郵貯民営化は、米国の強い要望を受けたものだ。
 その前には電信電話公社の民営化が要望され、日本は電信電話公社の民営化に踏み切っていた。
 郵貯の民営化は、郵貯が抱える個人資産を狙ったもので、郵貯を民営化することで、この個人資産が米国の金融機関に集まると見込んだものだ。
 ただ、郵貯の民営化も、「ゆうちょ銀行」、「かんぽ生命保険」、「郵便事業会社」、「郵便局会社」の4つに分け、これを持株会社の「日本郵政」が支配するという構図だ。
 「日本郵政」は、2017年10月以降に、「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」の株式を全部売却するが、それまでは全国の郵便局ネットワークが「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」の商品を取り扱うことになる。
 もちろん、郵便局ネットワークは、他の銀行や他の生保の商品を取り扱うことができるが、まともに考えれば「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」の商品を優先的に取り扱うのは間違いないだろう。
 収益力で劣る、「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」を支えるための完全民営化までの10年間とも言えるわけだ。
 確かに、個人資産が貯金だけにまとまっていることで、他の金融商品に資金が流れないことは、それなりに市場のアンバランスを生むのだろう。
 米国流に考えれば、年金も個人が運用して、果実を受け取るべきだとの考え方もあるようだ。
 しかし、貯蓄にお金がまとまって滞留していて、どこが問題なのだろうか?
 市場に参加している人々から見れば、貯蓄から株、債券などの市場に資金が流入すれば、それなりの広がりが期待できるとみているのだろうが、個人が何に資金を滞留させていても、それはその商品に魅力があるからということなのではないだろうか。
 米国は、それが我慢できなくて、日本政府を郵貯民営化に走らせ、日本でも民間銀行を中心に郵貯解体をもくろむ動きが出てきた。
 当初、銀行が期待した筋書きで郵貯の解体が始まったのだが、蓋を開けてみたら、持ち株会社の下に旧郵貯が横並びになり、銀行の脅威になる恐れが出てきたわけだ。
 銀行のそうした焦りは、郵貯の完全な民営化を求めさせているが、10年間という時間の中で、郵貯が劇的な変化をするか否かが、銀行の敵になるかどうかの境目となろう。
 ただ、国民生活にとっては、郵貯の解体は大きな痛手だ。
 特に、ここでも地方格差が意識される中で、郵貯のサービスが大きく後退するのではないかとの懸念が浮上している。
 従来郵便局の仕事でないようなことも、郵便局の配達員が行ってくれることで、地方に居住するお年寄りは重宝していたが、これが郵政民営化のスタートとともに、こうしたサービスがなくなるという不安感が強まっている。
 こうした声に対して、こうしたサービスはいきなりやめるわけにはいかないと西川日本郵政社長は述べた。
 西川氏は、前三井住友銀行頭取で、かつて行員を発奮させるために、向こう傷は問わないと発言、安倍前首相の敗者復活をいち早く導入し、住友銀行躍進の大きなきっかけを作った人物だ。
 そういう人材が、郵政日本のドンでいるだけに、銀行も油断していると足元を掬われる可能性がある。
 とはいえ、米国の要望や銀行の要望が郵貯解体のきっかけになっただけに、国民の利便性は二の次、三の次となっていたことは否定できない。
 結局、この改革も、逆の立場の人間の策動で始まったことを考えると、本当に改革は良かったのか否か、その結果を見極めるまでは時間がかかることになろう。
(この項、2007年10月執筆)




続・改革は本当に正義か
【2008年5月11日】

 小泉首相の時の改革とは、日本の金融機関を米国のファンドに安く売り、米国の覚えが良いことが改革だった。
 もちろん、戦後の日本的な慣例が新しい企業の参入を阻止することになっていたこともあり、そういう阻害要因を無くすことで、国民により安価で良質な品物を提供するということも行っていた。
 特に、物流については、生産者から直接消費者に品物が流れる仕組みをつけたことで、その間にいた労働者は仕事を失った人もいただろうが、国民の多くは安価で良質な商品を手に入れることができた。
 戦後、日本が築き上げた産業構造を大きく変革することで、その旨味を国民も享受できることになったわけだ。
 不良債権問題で汲々としていた金融機関も、いわゆるグローバルバンクとドメスティックバンクに色分けすることで、都銀が合併、長信銀も外資に売られたり、都銀と合併して何とか生き残ることができたわけだ。
 今や、都銀は三菱東京UFJ銀行グループ、三井住友銀行グループ、みずほ銀行グループの3グループに集約されてしまっている。
 そういう意味から言うと、証券会社の整理淘汰がまだまだ出来ていないとも言えるのだろうが、これも時間の経過とともに、メガグループができることになるかもしれない。
 こうした銀行の合併が繰り返される中で、本当に国民に向けたサービスができるのか否かについては、かなり疑問だ。
 その銀行グループに、預金の額が少なければ口座維持管理料を取る構えで、さらには預金残高によってローン金利が決まるという、持てる者優遇の仕組みが一段と強まるものになりそうだ。
 もちろん、民間企業なのだから、収益を第一に考えれば、そういう選択しかできないわけだ。
 銀行が慈善団体ではないだけに、そういう措置も仕方ないのかなあとも思う。
 お金のない国民は相手にしない、そういう銀行に口座を持たなければよいわけで、どうなるかわからない年金の口座は、そういう差別をしない、地元の信用金庫、あるいは郵貯銀行に開設するのが良いのかもしれない。
 改革の一端で、銀行口座を普通に持てない、そういう差別を生んでいることも事実だろう。
 差別を助長する改革とは何なのだろうか。
 持てる者だけが有利になる、そういう社会が、日本が目指してきたものなのでしょうか?
 美しい国日本はどこにあるのかというのが、小泉・安倍が唱えた改革の行く末です。
 それがわかったから、参議院選挙であれだけ自民党は惨敗したのでしょうね。
 改革は必ずしも正義ではない、それをもっと国民が訴えないと、この国は、私たちの暮らしはとんでもないことにしてしまいますよ。
(この項 2007年8月執筆)




改革は本当に正義なのでしょうか
【2008年5月5日】

 日本では、改革することが正義と位置づけられています。
 小泉政権が、不良債権処理を行って以降、改革が正義で、それに反対する勢力を守旧派と呼んでいます。
 本当に改革が正義なのでしょうか?
 当時、金融機関は多額の不良債権処理に窮していました。
 バブルの時代に、貸し込んだ住宅関連の融資が焦げ付いたわけです。
 考えてみたら、それまでの基準に照らして担保を大きく超える水準の融資を行ったわけですから、焦げ付きも中途半端なものでなく、結果として身動きが取れなくなるぐらいの額の貸付を行っていたのです。
 恐らく、橋本氏が首相になっていたなら、大胆な不良債権処理は出来なかったでしょう。
 当時、宮沢さんがその状況を危惧していたといわれましたが、きっと彼でもあの状況は打破できなかったでしょう。
 変人・奇人とも言われた小泉さんだから出来たのです。
 さらに、どうして小泉組に入ったのかわからないのですが、竹中氏がいたから、不良債権処理が出来たものと考えています。
 その裏に何があったかはともかくとして、彼らの力が不良債権処理を進めた大きな原動力になったのには間違いありません。
 ただ、その結果として、暴力団のお金が表の世界に飛び出したことが、その後の日本経済の長い低迷期に陥らせた要因であることも間違いありません。
 これまで闇に隠れていた暴力団マネーが昼の世界に出てきて、不良債権処理の過程で、そうしたお金の処理が、何にも増して厳しかったことは事実です。
 その世界に、対応するのは米国の役割になりました。
 外資系証券の支店長宅が暴力団の標的になると、彼らは、日本の警察ではなく、米国大使館にあわてて駆け込んだものです。
 その結果として、マネーロンダリングに対する厳しい法律を作ることを日本政府は求められました。
 外資系金融機関が、日本で縦横無尽に活動できるように、米国政府から強い圧力が日本政府にあったと考えるのが普通でしょう。
 その旗印になったのが改革です。
 日本の持っていた古い体質を、米国的合理主義に変えていく、その過程で、米国の会社が日本の産業を食い物にしていく、そういう構図を作るために、改革があったわけです。
 だから、許せないのです。
 その国、その国の歴史がある中で、企業も産業も歴史を抱えて生きているわけです。
 もちろん、古い慣行が、その国の経済を疲弊させていることは否定できません。
 むしろ、そうした慣行は改革によって、打破されなければならないと思います。
 しかし、打破した場合には、当時流行った「セーフティネット」ですか、それが必要だと考えます。
 その準備もないままに、改革に走った小泉政権は万死に値するのではないでしょうか?
 だから、安倍さんがああいう形で首相の職を辞した時に、小泉コールが国民の間から巻き起こらなかった、そう考えています。
 改革を正義と唱える、市場原理主義者は、実は日本マネーを狙っているハゲタカなのです。
 日本の金利を超低金利にさせたまま、円安を促して、海外に投資することが儲けるチャンスとそそのかした人たちが、その黒幕なのです。
 誤解を覚悟で言えば、世の中はイスラム原理主義者が悪者になっていますが、実は市場原理主義者のほうが、性質は悪いと考えています。
 もう一度書きます。
 構造改革は必要です。
 しかし、それはその国の実情にあった形での改革です。
 国民生活を犠牲にするものではありません。
 改革が正義と叫ぶ、悪魔をいつまでも野放しにしていてはいけません。
(この項、2007年8月執筆)




政局と為替相場
【2008年4月27日】

 安倍首相が予想外の辞意表明を行いましたが、株式、為替、債券相場は思いのほか静かな展開となりました。
 普通、その国の指導者がこのような形で辞意を表明するようなことになれば、金融市場は大きな混乱を起こすことが少なくありません。
 辞意表明とは違いますが、レーガン大統領が狙撃された時には、ドルが大きく売られ、株価も大きく下落する動きを見せたものです。
 日本の場合は、なかなかそういう動きにはつながりにくいのが実情です。
 それだけ、政治家の存在が小さいということなのですが・・・
 小泉首相の時には、構造改革の進展=小泉首相の勝利という形で、海外の投資家に見られていたので、小泉与党が選挙で負けると、株安・円安という構図が時には見られることがありました。
 しかし、海外投資家が望むように、小泉さんには国民の支援がありましたので、選挙で大きく負けることもなく、また、選挙で負けた時でも、小泉首相の強いリーダーシップは揺るがないことで、海外投資家から売りを浴びせられることはなくなりました。
 今回、安倍首相は、ある意味でレームダック、死に体内閣ということで、海外投資家からの売りも思ったほどでなかったように感じます。
 むしろ、サブプライムローン問題を材料にFRBが0.5%の引き下げを実施するのか否かに市場の関心が集まっていることも、日本の首相の辞任程度では、大きな動きはなかったということかもしれません。
 安倍内閣の失態は、スタート直後から見えていたこと、参院選挙で大敗して、あとはいつ内閣を投げ出すのかという状況になっていたことを考えると、海外投資家も改めて円売り・株売りで仕掛けることもなかったように思います。
 政治がしっかりしている国では、こういう事態が起こると、当該国通貨・株価が下落しますが、日本は政治が弱体化しているので、それだけでは金融市場が混乱するということはないものと思われます。
 メディアは、今回の辞任劇を大々的に報じていますが、参議院選挙後に、もっと強く退陣の論陣を張り、政治を目覚めさせる必要があったのではないでしょうか?
 民意の受け取り方を間違えていることを説明できなかった自民党首脳にも責任があるでしょう。
 この際、政権を民主党に差し出して、やり直し、そんなことができれば、民主党の政策をめぐって、海外投資家が消化不良になって、金融市場が混乱することが予想されます。
 今回の件で、民主党の政策もいろいろ検証されることになるわけで、時間がかかれば、民主党の政策も消化できる可能性もあるかもしれません。
 ある意味、政局と為替相場がリンクする可能性は少ないとみられます。
 日本でそうしたリンクが如実に見えたのは、平成に移り変わる時でした。
 毎夕発表される、ある数字を見て、相場が円安・円高に増える、そういう不謹慎なことが起こっていたのも事実です。
 そういう人は、今の日本にはいないだけに、政局不安も相場の大きな材料にはなりにくいことになるのではないでしょうか?
(この項、2007年8月執筆)




米雇用統計の面目躍如
【2008年4月19日】

 サブプライム問題も、各国当局による大量の資金供給を受けて、やや鎮静化に向かう中で、サブプライム問題が米国の実体経済にも強く影響を与え始めていることが雇用統計で判明し、再度、米国株安、急激な円高という結果を生じさせた。
 本来、雇用統計は遅行指数であることで、その影響は軽微にとどまっていたが、グリーンスパン前FRB議長が就任時に、雇用統計と全米購買部協会の景況指数を注目していることを明らかにしたことから、その注目度が一段と強まった。
 グリーンスパン氏がFRB議長に在任当時は、毎月の雇用統計で市場が揺れる動きを見せていたものだが、ここしばらくは、サブプライムローン問題の行方を見守る姿勢が強まる中で、やや雇用統計はカヤの外になっていた感もあった。
 今回8月分は、非農業部門の新規雇用が前月比4000人減少と、事前の市場予想平均である同11万人増を大きく下回った。
 部門別では、製造業が前月比4.6万人減少、建設業が同2.2万人減少、サービス業は同6万人増となった。
 しかし、サブプライム問題でリストラが始まっている金融業は前月比横ばいにとどまり、7月の2.4万人増から比較すると大幅な減少を印象付けた。
 このところ、新規雇用予想は、市場の予想の中心の範囲内にとどまっており、ここまで市場の予想と外れたことがパニック的な株売り、ドル売りを誘ったのではないかとみられている。
 しかし、米国の景気指標は市場の予想と大きく外れるのが普通のことで、市場予想とほぼ同じような数字に落ち着いていたこと自体、異常なことが続いていたとも言えそうだ。
 特に、雇用統計は、就職者と雇用者の両面から数字が出ているが、それが合致する時もあれば、大きく外れることがあるなど、ある意味、清水の舞台から飛び降りる覚悟がないと予想ができないものでもあった。
 また、秋口に出る雇用統計は、夏季休業中の公的部門のアルバイトが職を失うことで、前月比でみた場合マイナス幅が過剰に計上されることもある。
 そのために、秋のレーバーデー後は潮の目が変わる大きなサインともみられていたわけだ。
 それが、サブプライム問題で、将来の米国景気に不透明感が広がる中で、建設、金融部門の減少が見られたことで、サブプライムのマイナス要因が米国系に悪影響を与えたとの見方に拍車をかけたともみられている。
 本当に、不安感が広がる中で、今回の雇用統計は、まさに作られた数字ともみてとれるわけだ。
 この程度の数字なら、米景気に対する決定的な不信感は生まれないが、材料出尽くし感でドル売りに歯止めがかかりつつあった為替市場では再度、ドルの売り直し、円の買い直しという動きがとりやすくなったのも事実だろう。
 そういう意味で考えると、何と雇用統計は神秘的な統計なのだろうか、改めて、そう思える内容だった。
(この項、2007年8月執筆)




米雇用統計の面目躍如
【2008年4月12日】

 サブプライム問題も、各国当局による大量の資金供給を受けて、やや鎮静化に向かう中で、サブプライム問題が米国の実体経済にも強く影響を与え始めていることが雇用統計で判明し、再度、米国株安、急激な円高という結果を生じさせた。
 本来、雇用統計は遅行指数であることで、その影響は軽微にとどまっていたが、グリーンスパン前FRB議長が就任時に、雇用統計と全米購買部協会の景況指数を注目していることを明らかにしたことから、その注目度が一段と強まった。
 グリーンスパン氏がFRB議長に在任当時は、毎月の雇用統計で市場が揺れる動きを見せていたものだが、ここしばらくは、サブプライムローン問題の行方を見守る姿勢が強まる中で、やや雇用統計はカヤの外になっていた感もあった。
 今回8月分は、非農業部門の新規雇用が前月比4000人減少と、事前の市場予想平均である同11万人増を大きく下回った。
 部門別では、製造業が前月比4.6万人減少、建設業が同2.2万人減少、サービス業は同6万人増となった。
 しかし、サブプライム問題でリストラが始まっている金融業は前月比横ばいにとどまり、7月の2.4万人増から比較すると大幅な減少を印象付けた。
 このところ、新規雇用予想は、市場の予想の中心の範囲内にとどまっており、ここまで市場の予想と外れたことがパニック的な株売り、ドル売りを誘ったのではないかとみられている。
 しかし、米国の景気指標は市場の予想と大きく外れるのが普通のことで、市場予想とほぼ同じような数字に落ち着いていたこと自体、異常なことが続いていたとも言えそうだ。
 特に、雇用統計は、就職者と雇用者の両面から数字が出ているが、それが合致する時もあれば、大きく外れることがあるなど、ある意味、清水の舞台から飛び降りる覚悟がないと予想ができないものでもあった。
 また、秋口に出る雇用統計は、夏季休業中の公的部門のアルバイトが職を失うことで、前月比でみた場合マイナス幅が過剰に計上されることもある。
 そのために、秋のレーバーデー後は潮の目が変わる大きなサインともみられていたわけだ。
 それが、サブプライム問題で、将来の米国景気に不透明感が広がる中で、建設、金融部門の減少が見られたことで、サブプライムのマイナス要因が米国系に悪影響を与えたとの見方に拍車をかけたともみられている。
 本当に、不安感が広がる中で、今回の雇用統計は、まさに作られた数字ともみてとれるわけだ。
 この程度の数字なら、米景気に対する決定的な不信感は生まれないが、材料出尽くし感でドル売りに歯止めがかかりつつあった為替市場では再度、ドルの売り直し、円の買い直しという動きがとりやすくなったのも事実だろう。
 そういう意味で考えると、何と雇用統計は神秘的な統計なのだろうか、改めて、そう思える内容だった。
(この項、2007年8月執筆)




米雇用統計の面目躍如
【2008年4月12日】

 サブプライム問題も、各国当局による大量の資金供給を受けて、やや鎮静化に向かう中で、サブプライム問題が米国の実体経済にも強く影響を与え始めていることが雇用統計で判明し、再度、米国株安、急激な円高という結果を生じさせた。
 本来、雇用統計は遅行指数であることで、その影響は軽微にとどまっていたが、グリーンスパン前FRB議長が就任時に、雇用統計と全米購買部協会の景況指数を注目していることを明らかにしたことから、その注目度が一段と強まった。
 グリーンスパン氏がFRB議長に在任当時は、毎月の雇用統計で市場が揺れる動きを見せていたものだが、ここしばらくは、サブプライムローン問題の行方を見守る姿勢が強まる中で、やや雇用統計はカヤの外になっていた感もあった。
 今回8月分は、非農業部門の新規雇用が前月比4000人減少と、事前の市場予想平均である同11万人増を大きく下回った。
 部門別では、製造業が前月比4.6万人減少、建設業が同2.2万人減少、サービス業は同6万人増となった。
 しかし、サブプライム問題でリストラが始まっている金融業は前月比横ばいにとどまり、7月の2.4万人増から比較すると大幅な減少を印象付けた。
 このところ、新規雇用予想は、市場の予想の中心の範囲内にとどまっており、ここまで市場の予想と外れたことがパニック的な株売り、ドル売りを誘ったのではないかとみられている。
 しかし、米国の景気指標は市場の予想と大きく外れるのが普通のことで、市場予想とほぼ同じような数字に落ち着いていたこと自体、異常なことが続いていたとも言えそうだ。
 特に、雇用統計は、就職者と雇用者の両面から数字が出ているが、それが合致する時もあれば、大きく外れることがあるなど、ある意味、清水の舞台から飛び降りる覚悟がないと予想ができないものでもあった。
 また、秋口に出る雇用統計は、夏季休業中の公的部門のアルバイトが職を失うことで、前月比でみた場合マイナス幅が過剰に計上されることもある。
 そのために、秋のレーバーデー後は潮の目が変わる大きなサインともみられていたわけだ。
 それが、サブプライム問題で、将来の米国景気に不透明感が広がる中で、建設、金融部門の減少が見られたことで、サブプライムのマイナス要因が米国系に悪影響を与えたとの見方に拍車をかけたともみられている。
 本当に、不安感が広がる中で、今回の雇用統計は、まさに作られた数字ともみてとれるわけだ。
 この程度の数字なら、米景気に対する決定的な不信感は生まれないが、材料出尽くし感でドル売りに歯止めがかかりつつあった為替市場では再度、ドルの売り直し、円の買い直しという動きがとりやすくなったのも事実だろう。
 そういう意味で考えると、何と雇用統計は神秘的な統計なのだろうか、改めて、そう思える内容だった。
(この項、2007年8月執筆)




出てきました、サブプライムローン問題の陰の主役が
【2008年4月12日】

 サブプライムローン問題は、もともと、住宅ローンを借りることができない層に住宅ローンを売り込んだことが、大きな間違いとの指摘もある。
 しかし、格差社会の米国の中で、住宅ローンを借りることができずに、住宅を購入できなかった人にはまさに天からお金が降ってくるようなものだった。
 経済が順調に推移し、自身の所得も右肩上がりに上がり続けるという魔法があれば、この商品は格差社会の中では最も優秀な商品だったろう。
 しかし、経済が右肩上がりで推移することはできず、自身の所得も上がり続けることができなかったこと、さらにはゆとり返済の罠が借り手の破たんを誘ったわけだ。
 さらに、悪いことに、低所得者向け高金利型(サブプライム)住宅ローンを担保にした債券が多くの投資家に販売されたことが混乱に輪をかけた。
 投資銀行が開発したサブプライムローンを裏付けとする仕組み債の多くに、格付け会社は「トリプルA」の最高格付けを付与した。
 この格付けは米国など優良国の国債につく格付けで、これが付いていれば、投資家は国債より利回りが高いこれらの商品を購入するのは明らかだ。
 今回のサブプライムローン問題では、各国から格付け会社に対する批判が出ていた。
 今回、この批判を受けて、スタンダードアンドプアーズ(S&P)の社長が辞任を発表した。
 この商品を開発した投資銀行や格付け会社は、莫大な手数料を手に入れたとされており、ある意味、破綻するかもしれない商品に最高格付けをつけた格付け会社、その格付けを要望するために格付け会社に莫大な手数料を払った投資銀行の責任は免れないともみられるわけだ。
 S&Pやムーディーズなど、米国系の格付け会社は、米国政府のお先棒を担いで、これまでもアジア危機の時や、あるいは日本のバブル崩壊の時も、日本国司あの格付けをコロンビアと同列まで格付けを下げた前科がある。
 何を根拠にそこまで格下げされたのか、今もってわからない。
 日本国債が格下げされる中で、日本の株価は一段と下落スピードを早め、さらに円も下落し、まさに、日本を買い叩く絶好の場面を提供したことがある。
 もともと、格付けに対しては、非常に恣意的な行動とみていたが、今回のサブプライムローン問題をみると、まさに、格付け会社は自身の収益を上げるために、マッチポンプの役割を果たしていたともいえるわけだ。
 どうして、サブプライムローンを組み込んだ債券が「トリプルA」になるのか、きちんとした説明を各国は求めるべきだろう。
 そして、もう一度、格付けの仕組みを考え直す必要があるのかもしれない。
 今のままでは、米国政府の別動隊として、その国の経済を良いように混乱させる格付けを行う集団にしか過ぎないように思える。
 今まで、どれだけ格付けに踊らされたのか、格付けで疲弊した国が多かったのか。
 いわゆるグローバルスタンダードもこの際、見直す必要があるだろう。
 米国のために作ったグローバルスタンダードが国際基準というのは、やはり、おかしい。
 足元ではS&Pの社長の辞任にとどまっているが、ムーディーズはどう責任を取るのか、いいや、S&Pもムーディーズも解体する必要があるだろう。
 米国の格付け機関は、金融市場から退場する、それが今回の危機の反省なのではないだろうか。
(この項、2007年8月執筆)




円キャリー取引は永遠です
【2008年4月5日】

   さすがに、今回の円急騰は、為替証拠金取引を行っている個人投資家の人にとっては、大きなショックを与えたでしょうね。
 おそらく、円が急騰する中で、次々とストップロスをつけ、何とか損失を最小に抑えられたのでしょうか?
 それとも、円が騰勢を強まる中で、この円買いは続かないと見て、円売りを持ち込んで、再びストップロスポイントを付けるような、そんな動きもあったのでしょうか?
 結局は、円買いの嵐が済んで、済んだと見込んで、しっかりと円売りのポジションを作った人も少なくないのでしょうね。
 円金利が低位安定している以上、円を売って他の通貨を買えば、その分、金利がつくので、円キャリー取引は止められない、そういう思いでいる人が多いのでしょうね。
 その意味で言えば、金利差がある限り、円キャリー取引は一番怪我をしないで済む取引だと思います。
 金利差がこうまであるなら、為替益はもちろん、金利差を取りに行かない手はないわけですから、そうなるのは間違いないものと考えます。
 この項では、どんなときに相場に変調がある等々を書いてきました。
 実際に、起こったことを思い起こしながら、理屈では相場は張れない、そういう思いで伝えてきたつもりです。
 しかし、為替証拠金取引会社は、為替取引はこんなに儲かる、儲けたお金はこうして節税できるなんて、一生懸命顧客を勧誘しているのでしょうね。
 実際は、こんなに儲かるなんてことはないわけで、また、節税なんてきれいな言葉を使うけど、実態は脱税、違法行為だったりするわけです。
 ああいう会社がある限り、ああいう業者がいる限り、為替証拠金取引はいかがわしい取引の最たるものにとどまりそうです。
 結局は、彼らは顧客のことを考えているわけではなく、いかにうまく、小金を持っている人を為替証拠金取引に巻き込み、その上がりを取っていこうと思っているだけですからね。
 それにしても、うまいところに目をつけたものですね。
 金利差をしっかり把握して、円を売りさえすれば、スワップという名の金利が付くと顧客に教え込み、円売りから入るの相場の王道なんてね。
 確かにそのとおり、金利があるから、円売りから入るのが間違いない取引の仕方です。  でもこれは邪道じゃないかなあ?
 金利差だけで、なんでも解決できると顧客思わせたのでしょうね。
 相場は、金利差だけで図れないのに、それだけがすべてと教え込んでいるようですし、そういう見方しかしない、評論家をセミナーに引っ張り出して、嘘八百を並べさせる。
 業界そのものがいかがわしいから、いかがわしい人間しか、周りには集まっていない、そういう人に騙されるのは、良くの深い良い人、そう昔から相場が決まっています。
 それにしても、円キャリー取引は不滅です、なんて言わないといけないのですね。
(この項、2007年7月執筆)




協調はやり方次第
【2008年3月30日】

 国際的協調が市場の動揺を落ちつかせたり、市場の進むべき道を教える方法になる。
 各国が足並みを揃えて、為替介入を行えば、結果として、為替相場は当局の意図する水準に向かい始めるわけだ。
 1985年のプラザ合意後のドル売り介入は、まさに当局の力を市場に見せつけたものだ。
 逆に、一国だけが介入を行っても、市場の納得が得られない場合は、介入は失敗に終わることもある。
 経常赤字を抱えた英国が、ポンド維持を目指したポンド買い介入を行ったときに、ソロス氏を中心にしたファンドに一敗地にまみれたこともある。
 また、日本が経済の立ち直りには時期尚早として、円売り介入を行ったものの、市場は当局の円売り介入に円買いで向かい、結果としてわが国は未曾有の円売り介入を積み上げざるを得なかったこともあった。
 今回は、協調資金供給。
 サブプライムローン問題で、欧州の金融機関が損失を被ったことをきっかけに、ECBがまず大量の資金を市場に供給した。
 信用収縮を防ぐための特別な措置として、資金供給に踏み切ったわけだ。
 これに、米FRBも加わり、さらにはわが国もこの資金供給に強調した。
 とてつもない額の資金が市場に供給されたわけだが、逆に、当局の異例の姿勢に、市場はサブプライムローン問題の波及の大きさを意識する声が出ている。
 まだ、見えていないが、この問題はとてつもない問題なのではないか。
 それが証拠に、先進当局は信じられない勢いで市場に資金を供給したとみている。
 当局としては、資金供給を出し渋って、信用収縮が現実のものとなってはいけないので、巨額の資金を供給したのだが、市場はそう受け取ってくれなかった。
 そういう見方も、今回の一連の動きの中で見えてくる。
 実際は、どうなのか?
 当局もまだ把握していない何かがあるのか?
 事実が分かった時点で、情報を流さないと、今回の大規模資金供給が意味を持たない結果に終わる可能性もあるのだが。
(この項、2007年7月執筆)




市場にとって都合よく判断される『材料』
【2008年3月25日】

 市場にとって都合よく判断される『材料』  その材料も、結局は市場にとって、都合よく判断されるわけだ。
 政治的要因、政治的材料が特にその傾向が強い。
 今回は、米国のサブプライム問題が大きな関心を集める中での参議院選挙=自民党大敗という結果となっただけに、為替相場に与える影響は少なかった。
 株式市場では、米株安とともに、政局不安定が材料視され売りが加速する結果になった。
 今の株価は海外投資家が支えている一面が強くあることで、政局不安は絶好の利食いの場になったことは否定できないだろう。
 特に、小泉改革という言葉だけで、日本株を買っていた外国人投資家にとって、小泉を継いだ安倍政権が大敗したことで、日本の構造改革は後退するとの見方から、株売りに走るのは論理的だと思う。
 しかし、本当にそうなのでしょうか?
 小泉改革は構造改革だったのでしょうか?
 郵政改革なんて、つまるところ、郵便局の田中派支配体制を崩す、それだけだったのではないでしょうか?
 派閥次元の、あるいは小泉首相が福田さんを担いで、田中さんに一敗地にまみれた、そのリベンジだったのではないでしょうか?
 そのほかに、小泉さんは何をしたのでしょう?
 潰れそうな金融機関を二束三文の価格で海外投資家に払下げ、国の税金をたんまりつけて、利益が出るようにして、大金を彼らの懐に押し込んだだけではないでしょう?
 そんな、いい加減な構造改革を外国人投資家は、自らの利益につながるだけに利用したというだけではないでしょうか?
 外国人投資家の評価がどうか?
 そうした政策は外国人投資家には評価されないなどということをやってきたのが小泉さんです。
 それを推奨してきたのが売国奴竹中です。
 その路線を継いだ、安倍さんが大敗するのは当たり前です。
 本当に痛みを伴う改革の準備もなく、首相を拝命したわけですから、その後の閣僚の自民問題、年金等々の問題、安倍さんには荷が重すぎたと考えるのです。
 それでも、外国人投資家は安倍さんがいなくなると改革が頓挫するという。
 安倍さんがしたかったのは、戦前回帰です。
 戦前の美しい国、日本を取り戻すことです。
 このまま、安倍改革が進むと、外国人投資家は日本市場から退場を迫られ、特に、欧米人は日本には入ってこられなくなるかもしれませんよ。
 もちろん、その時には憲法を改正して、軍隊をしっかり持って、核も準備して、日本は日本人が守るなんて言い出さないとも限らない。
 その時には、外国人投資家は、あわてて日本から資金を引き揚げるのでしょうね。
 それとも、竹中のような売国奴を飼いならして、上手に資金を運用するのでしょうか?
 彼らにとって、主義主張ではなく、いくら儲かるか、それだけの理由でお金を動かしているのが外国人投資家の姿です。
 彼らにとって、都合の良い理由を探して、多額の金は世界を流れているのです。
 そう考えると、政治的、経済的材料なんて、ほんとにちっぽけな理由です。
 ねつ造しようとすれば、いくらでもできるのですから・・・
(この項、2007年7月執筆)




相場は、「旬な材料」を求める
【2008年3月23日】

 為替市場では、その時々の「旬」が材料にとっては大きな要素になる。
 大きな材料でも、「旬」でなければ、それを材料にすることはなく、むしろ、小さなことでも、それが「旬」となれば大きな材料に生まれ変わることもあるわけだ。
 今回、わが国の参議院選挙はそれなりに大きな材料だった。
 投開票前から、政府・与党の敗退が観測されており、小泉構造改革路線を継ぐ安倍政権にとって大きな痛手となることから、自民党が負ければ、株安・円安要因との見方が一般的だった。
 株価は確かに200円を上回る売りを浴びせられた。
 しかし、それは続かなかった。
 すでに、自民党の敗退は織り込まれていた。
 そういうことになったわけだ。
 以前にも書いたように、相場は材料を織り込みながら進んでいくわけで、その通りの結果となれば、当初は売り浴びせられても、その後は材料出尽くしとなるわけだ。
 今回は、そういう相場の流れの典型的な動きとなった。
 為替相場は、もっと参議院選挙の結果に冷淡で、ほとんど動きを見せなかった。
 むしろ、米国でのサブプライム問題が為替相場にとっては大きな材料で、日本の選挙では大きな動きは見られなかったわけだ。
 小泉首相の時には、構造改革=正義という構図ができて、小泉首相に反対するのは悪魔という構図ができて、悪魔が勝てば日本売りなんていう、ばかばかしいロジックがまかり通っていた。
 安倍さんが本当に構造改革を行おうとしているかは甚だ疑問だ。
 むしろ、安倍さんは戦前回帰の帝國日本を創造しようとしているのではないかと思っている。
 その辺を、様々なメディアが伝えれば、かなり安倍さんの姿が真実に近いものとなると思うのだが。
 今後は、安倍首相の戦前回帰の姿勢が出てくれば、それが「旬」な材料として、市場に評価される(もちろん日本売り)ことになると思っています。
(この項、2007年7月作成)




介入は、市場に懐疑を誘うもの?
【2008年3月16日】

   介入そのものの効果を考えると、一日の取引量に比べ、ごくわずかなもので、量的な面から考えると、その影響力は限られる。
 しかし、当局が市場に対して、その水準の為替水準は当局の考える為替水準を逸脱しているというメッセージが介入というわけだ。
 もともと自由な市場の中で、人為的に介入を行うことは、理屈に合わないことだ。
 しかし、自由な相場の水準を放置していたままにすると、為替市場だけにとどまらず、他の市場にも悪影響を与えて、世界同時株安等々の不安も出てくる。
 そうした過度の市場の暴走を止めるためにも、介入を行うことで、当局の考える適切な水準内に相場を誘導しようというのが介入だろう。
 為替市場がプロの投資家ばかりだったころは、そうした当局の意図を巧みに読み取って、ポジションを作り、あるいは当局の意図する水準は適正な水準ではないと、当局の介入に立ち向かって、当局の意図をつぶすような動きを見せることも市場はあった。
 為替のプロとして、現在の為替相場は理に合っているのか否かを、いつも考えながら為替取引を行う向きが少なくなかったわけだ。
 ちょっとした綻びをついて、莫大な利益をあげると、為替ディーラーを引退し、学校で学んだり、若くして余生を過ごすというリッチな生活を送る人たちもいたわけだ。
 しかし、今の為替市場は、プロという名のディーラーは数少ない。
 むしろ、日本で為替証拠金取引が拡大する中で、金利差から円売りを行えば、金利で旨みがあるという、証拠金取り扱い会社の言葉に乗って、何はなくても円売りという動きが強まっている。
 経済がどうとか、円の水準は妥当な水準などと考えている動きは全くないわけだ。
 とにかく、円を売れば、金利が付きますよ。
 眠っていても金利が付きますよ。
 そういう言葉を真に受けて、円売りをせっせと持ち込む動きが目立っているわけだ。
 もちろん、介入で円相場が上昇しても、介入が止まれば、再び円を売ることは目に見えており、事実、円買い・ドル売り材料が出て、円が上昇しても、上昇が鈍くなると、個人のお金が円売りで持ち込まれ、材料が出る以前の水準に円が押し戻される動きとなるわけだ。
 もちろん、利食いを重ねながら、再び円を売るという、通貨をおもちゃにした動きを見せつけるわけだ。
 こうなると、外為法改正は何だったのかと問いたい。
 結局は自分の欲のためだけに行動する輩を市場に取り込んでしまったというわけだ。
 もともと、為替相場は切った張ったの世界だから、何をかいわんやであるが、最近の動きをみていると、為替相場が不均衡是正を重要な役割を果たすことは、もはや不可能と思われてならない。
 個人の資金は恐るべし、経済学の教科書を書き換えなければならない事態に陥りつつある。




日本の介入は役人のお仕事?
【2008年3月10日】

 これに対し、日本の介入は、「場」の雰囲気を飲み込めていないというか、市場の動きを理解していないことが多かった。
 1985年のプラザ合意の後で、各国は協調してドル売り介入を行ったのだが、当初は、その姿勢を懐疑的に読む声が多く、ドル売り介入は絶好のドル買い場になった感があった。
 プラザ合意前のドル相場は、双子の赤字が大きく膨らんでいるものの、好調で対主要通貨で堅調な動きを維持していた。
 そういう状況の中で、唐突にドル売り協調介入が実施されたのだが、緒戦となる東京市場では、当局の介入にも関わらず、ドルはいったん売られても下値ではしっかり買いが入る動きを見せた。
 その後の欧州、米国市場ではさすがに当局の介入に恐れをなした投機筋がドル売りで追随し、ドルは減価するのだが、東京市場は当局の介入が行われているにもかかわらず、絶好のドルの利食い場となったわけだ。
 日銀の介入は投機家にとってはまさに絶好の餌になったというわけだ。
 これは、日銀が勝つ介入をこれまで行ってこなかったことが大きい。
 もちろん、日銀介入といわれているが、その裏には、もっといえば、当時の大蔵省(現財務省)が指示をして、日銀が介入を行うという関係にあるのだが・・・
 大蔵省からの指示は、いくらまでの水準にドルを減価させるというものだった。
 その水準に達すると、それで介入の手綱を緩めたことから、手綱を緩めた水準がドルの下値となると読んだ投機家がドル買いを持ち込むわけだ。
 マーケット心理を読めないというか、市場を知らないというか、大蔵官僚の無知が投機家に莫大な利益を上げさせて、協調介入を台無しにしそうになったわけだ。
 しかし、日銀は大蔵省に指示されているとはいえ、強かで、実は大蔵省の指示を超えてドル売り・円買い介入を行って、ドルの水準を押し下げた。
 その結果が、1ドル=200円を超えてから、一気に円高が進んだ大きな要因になったわけだ。
 当時の関係者は、当局が目標としている水準が200円とした場合に、同水準を前に介入をやめれば、投機家はその水準から黙っていてもドルを買っていく、当局がドルの下値を教えてくれるわけだからと指摘。
 相場はオーバーシュートするぐらいにしないと、当局の意図が市場に読み取られてしまうという。
 そのためにも、介入は果敢に行わないと、市場の思う壺になるという。
 その意味で、プラザ合意後の協調介入は、日本もがんばって当局の意図する水準以上にドルを減価させることができた。
 しかし、その薬が効きすぎたのか、ドルはさらに下値をうかがう動きを見せ、結果として、ルーブル合意が出てドルのこれ以上の減価に対して各国が協調する羽目に陥ったというのだ。
 その後、日本が単独で行った介入は、当局の意図に反し、莫大が金額で介入を行っても、円相場を操作することはできなかった。
 とんでもない金額を市場に放出しても、なかなか当局の意図通りにはならなかった。
 当時の西独連銀は、負ける介入はしないという姿勢を貫き、市場が疑心暗鬼に陥ったところで思い切った介入を行い、それが投機家に怖れられたというものだ。
 これに反して、日本の介入は絶好の収益確保の場となったことは否めず、お役人が考える介入では為替市場では「赤子」以下のものという印象が強い。




介入の巧拙
【2008年3月1日】

 そういう意味で言うと、介入が上手だったのは、昔の西ドイツ連邦銀行だった。
 欧州大陸の中では、第2次世界大戦の敗戦で、大きな深手を負った西ドイツだったが、米国の経済的支援もあって、奇跡の復活を示した。
 工業を中心に欧州大陸のけん引役になるとともに、ユーロ誕生の主役になり、今やユーロはドルを追随する強い通貨に転じた。
 西ドイツ通貨、マルクは幾度も投機の嵐を浴びた。
 欧州通貨制度(EMS)が発足すると、加盟国間の経済的強弱を狙って、投機筋が跋扈した。
 弱い通貨を売り浴びせ、幾度もEMSの危機を煽った。
 その時には、満を持して西独連銀が為替介入を行い、投機筋の攻めをかわすわけだ。
 もちろん、投機の嵐が続く中で、EMSは幾度もレートの修正を余儀なくされたが、西独通貨マルクは、連銀の適切な為替介入で、その危機を奇跡的にかわす動きをみせた。
 為替介入は、徹底的に行う。
 投機筋を徹底的に痛めつけるまで、介入を行うものだが、逆に見れば、負けない介入はしないという鉄則を守ったわけだ。
 そういうジンクスが投機筋に、西独連銀が介入を行うと勝てないという思いを強めることで、連銀の力を見せつけるわけだ。
 心理戦でも、為替相場を熟知した口先介入を行うなど、投機筋にとっては侮りがたい存在になっていったわけだ。
 この流れを受け継ぐ、欧州中央銀行(ECB)に対して、市場はある種の敬意をもって接しているようにみえる。
 ユーロ高が続いているのも、ECBが明確なユーロ高敬遠策をとっていないことで、ECBの次の一手を見守っている、催促している状況なのかもしれない。

日本の介入は役人のお仕事?  これに対し、日本の介入は、「場」の雰囲気を飲み込めていないというか、市場の動きを理解していないことが多かった。
 1985年のプラザ合意の後で、各国は協調してドル売り介入を行ったのだが、当初は、その姿勢を懐疑的に読む声が多く、ドル売り介入は絶好のドル買い場になった感があった。
 プラザ合意前のドル相場は、双子の赤字が大きく膨らんでいるものの、好調で対主要通貨で堅調な動きを維持していた。
 そういう状況の中で、唐突にドル売り協調介入が実施されたのだが、緒戦となる東京市場では、当局の介入にも関わらず、ドルはいったん売られても下値ではしっかり買いが入る動きを見せた。
 その後の欧州、米国市場ではさすがに当局の介入に恐れをなした投機筋がドル売りで追随し、ドルは減価するのだが、東京市場は当局の介入が行われているにもかかわらず、絶好のドルの利食い場となったわけだ。
 日銀の介入は投機家にとってはまさに絶好の餌になったというわけだ。
 これは、日銀が勝つ介入をこれまで行ってこなかったことが大きい。
 もちろん、日銀介入といわれているが、その裏には、もっといえば、当時の大蔵省(現財務省)が指示をして、日銀が介入を行うという関係にあるのだが・・・
 大蔵省からの指示は、いくらまでの水準にドルを減価させるというものだった。
 その水準に達すると、それで介入の手綱を緩めたことから、手綱を緩めた水準がドルの下値となると読んだ投機家がドル買いを持ち込むわけだ。
 マーケット心理を読めないというか、市場を知らないというか、大蔵官僚の無知が投機家に莫大な利益を上げさせて、協調介入を台無しにしそうになったわけだ。
 しかし、日銀は大蔵省に指示されているとはいえ、強かで、実は大蔵省の指示を超えてドル売り・円買い介入を行って、ドルの水準を押し下げた。
 その結果が、1ドル=200円を超えてから、一気に円高が進んだ大きな要因になったわけだ。
 当時の関係者は、当局が目標としている水準が200円とした場合に、同水準を前に介入をやめれば、投機家はその水準から黙っていてもドルを買っていく、当局がドルの下値を教えてくれるわけだからと指摘。
 相場はオーバーシュートするぐらいにしないと、当局の意図が市場に読み取られてしまうという。
 そのためにも、介入は果敢に行わないと、市場の思う壺になるという。
 その意味で、プラザ合意後の協調介入は、日本もがんばって当局の意図する水準以上にドルを減価させることができた。
 しかし、その薬が効きすぎたのか、ドルはさらに下値をうかがう動きを見せ、結果として、ルーブル合意が出てドルのこれ以上の減価に対して各国が協調する羽目に陥ったというのだ。
 その後、日本が単独で行った介入は、当局の意図に反し、莫大が金額で介入を行っても、円相場を操作することはできなかった。
 とんでもない金額を市場に放出しても、なかなか当局の意図通りにはならなかった。
 当時の西独連銀は、負ける介入はしないという姿勢を貫き、市場が疑心暗鬼に陥ったところで思い切った介入を行い、それが投機家に怖れられたというものだ。
 これに反して、日本の介入は絶好の収益確保の場となったことは否めず、お役人が考える介入では為替市場では「赤子」以下のものという印象が強い。




円安は諸刃の剣
【2008年2月24日】

 為替証拠金取引をしている人は、円安はスワップコストも入ることで、円売りポジションを持ち続ける限り、有利な取引を行えることになる。
 円安が続けば、収益が膨らむという構図になっている。
 しかし、実際の経済では円安も行き過ぎると、様々な問題が起こってくる。
 円安で、素材価格が上昇し、素材産業にとっては円安も行き過ぎると、原価のコストが上昇し、収益面でも大きなマイナスになる。
 原油高が顕著になっている中で、円安が進むと、エネルギー価格の上昇や原油から生産される衣料品にも影響を与えることになる。
 原油高・円安がエネルギー価格に影響を与えることは、電気料金の値上げにつながる。
 電気料金が上がるということは、製造業のコストに跳ね返るわけだ。
 さらに、農業でも電気料金の値上げは生産品のコスト増ということになる。
 つまり、円安も行き過ぎると、わが国経済にとっては大きなマイナス要因になるというわけだ。
 唯一、輸出価格が円安で有利になるとみられるが、これも円安が行き過ぎると、原材料コストの上昇が、円安分をまかないきれないことになる。
 輸出商品も、一部の製品をコストの低い海外で作って、日本に輸入して完成品を作るという工程を行っている企業も少なくないことで、円安の波及効果は意外に大きいものとなっている。
 その意味で、日本経済は極端な円高はもちろん、極端な円安にも影響されるものとなり、為替相場は何よりも大きな変動は望まない体質に変化している。
 唯一、円安歓迎は個人投資家や投機筋だけで、経済面からみれば、極端な為替の変動は百害あって一利なしということだろう。




円安、阻止の輪が窺える
【2008年2月17日】

 傍若無人な円安にもようやく陰りが見える兆しが出てきた。
 尾身財務相の円安けん制発言に続いて、国際決済銀行(BIS)も年次レポートで円安について、懸念する内容を発表した。
 1998年の円急騰の間違いを犯す可能性があることを示唆したもので、このまま円安が続くとの見方を強めにけん制したものだ。
 これまでも、円安が進む場面では、外圧をきっかけに円安が止まったことが幾度となく起こっており、円安論者が期待する円安までは到底届かない水準で円安が止まることが少なくなかった。
 今回の円安の始まりは、金利差を受けたもので、円キャリートレードを積極的に利用したファンド筋の動きをにらんで、円売り回転が程良く効いた格好で、円安が進んできたわけだ。
 日本も、円安が経済を支える大きな要因との見方を示し、円安を容認する姿勢を示しており、こうした政府の対応も、円売り派を元気づけるものとなった。
 また、米国も円安の進展について、何も態度を示さず、為替相場については、強いドルは望ましいとの姿勢に終始。
 欧州サイドが、円安の進展に不快感を示す中で、日米がタッグを組む格好で円安を後押しする動きを見せていた。
 この姿勢には変化はないことで、円急騰がにわかに起こるとは考えにくいが、国際機関が異常な円安に言及し、さらにこうした状態が続くと、円急騰のリスクが高まることを指摘したことで、一方向の円売りにも微妙な変化が生まれる可能性も出ている。
 為替相場について、各国の考え方は、基本的な大きな変動は望まないということだ。
 かつて、わが国当局は為替相場の変動幅について、3カ月で5円程度の変動が自然な変動と指摘。
 1日で1円、2円も動くのは投機的な動きだと円高の進むスピードをけん制する姿勢を見せていたものだ。
 大きな変動が起こると、株価に影響を与えることが考えられる一方、世界的な株安につながるきっかけになることもあることで、急激な変動は抑制したいとしている。
 となると、今の円安が行き着いた先に、急激な円高が懸念されるようなことになれば、世界経済のかく乱要因が生まれることになり、そうした変動の未然防止措置を取ることがそろそろ必要になってきたということではないでしょうか?
 それぐらい、今の円安の動きは注意する必要があるものと考えていると思われます。
 万が一、米国が円は安過ぎるなんて言った日には、その日のうちに10円の円高が進む可能性もあるだろう。
 そこで何も言わなければ、さらに10円の円高も読み取れる。
 だからこそ、米国は為替相場については言及しないという姿勢を貫いているわけで、日本の当局者が為替相場、特に円高に進んだ時に言及するのとは対照的だ。
 日本の場合は、自分の都合の悪い方向(円高)に流れると、即座にけん制発言や介入を行うが、都合の良い方向(円安)に向いた場合には、欧州の批判を無視して、為替については言及しない姿勢を貫くわけだ。
 本来なら、為替相場の水準はある程度は想定できているはずで、想定水準を上下した場合には、それなりの措置をとることが必要なのだろう。
 しかし、日本の場合は、そうした姿勢は皆無に見える。
 都合が悪くなければ誤魔化しましょう。
 そういう姿勢で、いるのでしょうね。
 とはいえ、こうして、国際機関から円安の反動の怖さを指摘され、各国が同じ方向を向いた場合には、米国の顔色をうかがいながら、協調姿勢を強めるのでしょう。
 その第一歩の警告になったのでしょうか?
 国際決済銀行の忠告は・・・
 (この項、2007年6月執筆)




円安は永遠に許されるものではない
【2008年2月9日】

 円が対主要通貨で大きく売られている。
 対ドルでは123円台後半、対ユーロではユーロ導入以来の円安値となる166円台に下落している。
 金利差を受けた円キャリートレードの再燃が円売りの大きな要因となっているわけだが、対高金利通貨でも円売りが継続するなど、まさに円独歩安の動きを見せているわけだ。
 日本の利上げは8月にも想定されているわけだが、米国がこれまでの利下げ観測から、年内利上げ観測に転じる一方、欧州も年内の利上げ観測が強まるなかで、日本の利上げは、金利差を縮小するものにはならないとみられている。
 となると、これまでの円キャリートレードが市場の流行りとなるわけだ。
 金利差がある限り、円を売っておけば、金利分が収益となるのは個人投資家だけではない。
 円売りを行った投資家がみな受け取れる果実となる。
 こんな美味しいものを誰も手放さないのは自明の理だ。
 金利が低くても、円先高観が強まれば、投資家の多くは円買いを持ち込む。
 今は、日本の人口が減少、経済の立ち直りも時間がかかっていることで、ここは金利差を受けた動きを行うことが稼ぐチャンスとの思惑が広がっているのだろう。
 では、円安がどこまでも進んでも各国政府は容認するのだろうか?
 円安が、自国経済に与える悪影響が出てきた場合には、毅然と円安に立ち向かう可能性は残っている。
 これまでも、不当な為替相場の水準とみた場合には、各国は介入を行い、為替相場の水準を押し戻そうとしてきた。
 今は、中国人民元の動きに隠れて円安問題がクローズアップされていないが、この調子で円安が止まらない場合には、円安問題が大きなテーマになることが予想される。
 そうした動きが1975年のプラザ合意であったし、その後、行き過ぎたドル安に対応したのがルーブル合意であったことは記憶に新しい。
 もちろん、日本にとっても、そろそろ円安の弊害が指摘されるようになってきた。
 原材料価格、原油価格などが上昇することで、輸出業者にとってもコストの増大が収益に悪影響をかけることになっているのは見逃せない。
 もちろん、輸出業者にとって、円安が継続してきたおかげで、輸出が伸びて、国内の不振をカバーしてきた。
 円安が株価上昇の大きな元になり、収益の拡大とともに、わが世の春を謳歌できた要因だろう。
 しかし、輸出が拡大することは、同じような産業で、相手国の企業の収益を圧迫することになる。
 日本の企業だけが円安を享受して、利益を上げる一方、海外の企業が収益を悪化させ、雇用を減少させなければならないことになると、日本は失業を輸出しているという批判を受けるわけだ。
 そんなことが積み上がって、日本は為替相場を不当に円安の維持をしているとの批判も聞かれることになろう。
 まだまだ、日本に底力があるから、海外のブランド品を買う勢いは衰えておらず、円安が進んでいるにもかかわらず、海外の企業はそれなりに日本に輸出を行って、それなりの収益を確保しているわけだ。
 しかし、自動車会社や電子機器関連などはどうでしょう?
 同じような製品を作っている日本の会社に顧客を奪われている、そんな感じなのではないだろうか。
 特に、米国がそう感じているものとみられる。
 米国は、今は中国人民元の調整に夢中になっていることで、円安を大きく問題視する声は少ないが、意外に早い段階で、円安に対応する手を打ってくるのではないだろうか。
 この時には、年初以降、円安を問題していた欧州も加わって、円安に対して厳しい発言が出る可能性もありそうだ。
 ただ、一部では、日本の経済的プレゼンスが大きく落ちたことが円売りの背景と背詰めしている向きがある。
 日本の経済が欧米に比べて落ち込んでいること、少子化が進む中で、日本の経済が浮揚するきっかけがないとの見方によるものだ。
 こうした考えの中には、円安が進む中で、日本企業の買収金額が下がることも欧米人にとっては魅力的との見方もある。
 しかし、欧米流のM&Aの考え方は、日本では受け入れられないのも事実だ。
 本来なら、もっと容易く日本企業が海外投資家の手中におさまってもおかしくないものの、日本企業の抵抗にあって、それもなかなか難しい動きとなっている。
 そんなことを考えていくと、円安で意外にしぶとい日本に対して、これ以上円安を仕掛けても、市場を日本企業にとられるだけと読む声も出てきそうだ。
 何よりも、為替相場は、国際収支や経常収支のバランスだ。
 黒字が大きくなれば、当該国の通貨が高くなり、黒字が減少していく。
 それを繰り返すことで、貿易戦争が起きずに、為替相場はショックアブソーバーの役割を担っているわけだ。
 今は、政治的に円安が放置されているように見られるが、これも、政治的に円安が放置されることは許されないとなると、一気に円高に進む可能性はゼロではないわけだ。
 その時が、何時なのか?
 それを読むカギを探していくのが、この夏の相場と見ています。
 (この項、2007年6月執筆分)




市場関係者は日銀を過小評価?
【2008年2月5日】

 前述したように、日銀の考え方をエコノミストやアナリストは把握していないように見える。
 日銀との接触が少ないのか、接触をしていても表面的なものしか見ないため、日銀の本質を分かっていないように見えるのだ。
 今のエコノミスト、アナリストは阿吽の呼吸も知らないし、人と話をしても、自分を持ち上げてくれる人は良い人、自分の考え方に異議を唱える人は敵という認識を持つ人が少なくないようだ。
 日本のスケールが小さくなっているように、日本全体のスケールが小さくなっている中で、エコノミストやアナリストも随分と小さくなっているようだ。
 そうした人たちが、経済や市場について予想を立てるわけで、その結果の解説もするわけだから、素人がますますわけのわからない状態になってしまうのも致し方ないだろう。
 好むと好まざるを得ず、そういう人しかいないわけだから・・・
 さて、日銀はタフだ。
 日銀は財務省の支店といわれて久しいが、日銀は決して財務省の下にある組織ではない。
 財務省にキャリアで合格しても、日銀を選んだ人は少なくないし、実際、その年の東大卒のトップが日銀に入行したこともある。
 それだけ、日銀は魅力があるということだ。
 財務省は、国の予算等々、政策面で男としては一度はやってみたい仕事がたくさんある。
 それと同じように、日銀にも男として一度はしてみたい仕事がある。
 最終的には日銀総裁につければ、男としては大満足ではないだろうか?
 経済面では、日銀の右に出る存在はなく、日本経済を牛耳る力はある意味、財務省を量がするものがある。
 為替介入も、指示を出すのは財務省だが、実行部隊は日銀だ。
 プラザ合意のあとで、当時の大蔵省は積極的な円買い・ドル売り介入を日銀に指示した。
 日銀は、今までにない力を入れて、円買い介入を行ったが、市場は疑心暗鬼で、日銀の円買い・ドル売りに、ドル買い・円売りで応じるという動きが続いた。
 もちろん、海外でも中央銀行が足並みを揃えて、ドル売り介入を行ったので、ドルは緩やかに下落するのだが、東京市場ではドルが底堅くなってしまう。
 日銀は、短期金利の高め誘導を行い、円買い介入のサポートを試みた。
 しかし、為替市場は、その日銀の策がわからなかった。
 金利差が縮小したのだから、当然、円買いに有利になるわけだ。
 それさえも、当時の為替ディーラーは認識できなかった。
 むしろ、短期金融市場を見ていたディーラーが、日銀の意図に気が付き、それをわかった銀行は円買いを大量に行い、大きく儲けたといわれている。
 ドル円が200円を超える円高になった場面で、財務省は撃ち方止めと日銀に指示した。
 円買い・ドル売り介入を止めろと指示したわけだ。
 しかし、その時の日銀の外国局為替課長は、財務省の指示を無視し、円買い介入を続けた。
 その結果として、ドル円は150円を大きく突き抜け、120円に接近することになった。
 財務省の指示をいとも簡単に破った為替課長。
 プラザ合意を受けて介入を続けただけだ。
 200円をちょっと突き抜けたところで介入をやめれば、すぐにプラザ合意の前の水準に戻ってしまうことは目に見えて明らかだったと話している。
 介入の事実を積極的に話したのも、日銀の本気度を知ってほしかったからという。
 財務省は、企業の悲鳴を聞いて、声を荒げる政治家の対応を行っている一方で、日銀はしっかりと介入を継続して、当初の目的を遂げるという、そういう役割を担っていたのか。
 今でこそ、日銀に対して面と向かった批判が出るが、当時は日銀に対する批判は少なかった。




日銀の考え方
【2008年1月26日】

 どうやら最近では、日銀に代わって、日銀がどうするのかの占いが流行っているようだ。
 日銀の金融政策を仕切りたがる輩がいるみたいだ。
 福井総裁になってからの日銀の姿勢を見れば、どうしてきたか一目瞭然であるのに、相変わらず、自分の見方を日銀の見方になぞっているエコノミストやアナリストが掃いて捨てるほど跋扈している。
 日銀は、彼らが考えるほど、権力に弱い存在ではない。
 多少、時の政権や政治家に気を使うことがあるが、政治が日銀に介入した後の世論の政治家に対する反発が大きいことも知っている。
 国民にある程度理解される政策を継続している限りは、日銀の政策に政府が、政治家が横やりを入れにくい状況になっているわけである。
 しかし、依然として勉強不足のアナリストやエコノミストは、自分勝手な論理を使って、いかにも日銀はこう考えているなんていう作文を発表続けているわけだ。
 外資系、国内系問わず、金融機関の調査レポートにはそうした有象無象の嘘八百が並べられている。
 今、そうしたアナリスト、エコノミストが日銀の金融政策で話しているのは、日銀の次の利上げ時期は8月と指摘している。
 福井総裁が金利引き上げに前向きの姿勢を示していることで、その時期は当初考えていたよりも早まったとみている。
 次の利上げを占う声は、当初は9月以降、場合によっては年内の利上げが難しいと彼らは見ていたわけだ。
 しかし、これまでの日銀の利上げ姿勢を見れば、超低金利の修正過程にあるとの見方に変化はなく、消費者物価指数が前年比マイナスにとどまっていても、将来のプラス移行が予想できれば利上げを行うという姿勢に変化はない。
 昨年12月には、日銀の強い姿勢で、政治とのぶつかり合いで、日銀が一歩後退する動きを見せたが、結局、政治の反対が消えていない中で、敢然と利上げを行ったことは記憶に新しいだろう。
 となると、今、アナリストやエコノミストが言うように、利上げは8月になるのだろうか。
 それは否だ。
 日銀が金融政策を変更する大きな材料が、6月末の消費者物価指数と7月上旬に発表される日銀短観だ。
 消費者物価指数は、今回もマイナスにとどまるかもしれないが、将来的に上昇する可能性が強いとすれば、利上げの阻害材料とはならない。
 日銀短観も、これだけ企業収益が好調な中で、経済に対する先行き不透明感は小さくなるものと見込まれる。
 米国の経済も予想以上の悪化は考えにくく、米国経済の与える悪影響も大きくはないとみられる。
 こうした中で、唯一利上げの阻害材料とみられているのは、予定されている参議院選挙だ。
 政府自民党は、参議院選挙の最中に利上げが取りざたされると票が逃げるとみているようだ。
 だから、利上げはご法度なわけだ。
 それをみて、アナリストやエコノミストは、7月に出来ないのなら、8月にはできるとしているだけだ。
 7月に利上げができないものが、8月になって利上げができるというロジックはない。
 淡々と材料をそろえて、その結果、政策金利の変更という道筋を日銀は進もうとしているのに、政治の要請で利上げができないなんてことになったら、総裁以下、日銀幹部は切腹ものだろう。
 一昨年12月の失敗もある。
 だからこそ、日銀は利上げを阻害する材料として参議院選挙があるなどと、言わないわけだ。
 ただ、消費者物価指数の前年比マイナスが拡大するなど、将来的なプラス転化が読み取れないような事態になった場合や、株価が大きく下落していた場合には、ただただ利上げを行うという硬直的な姿勢は取らないとみている。
 その辺の柔軟性は、日銀は学習済みだ。




巨体が故の相場下手
【2008年1月21日】

   為替相場では、時として、市場の見方が一方向に傾いた時には、流れは逆に向くことが少なくない。
 ある国が利上げをするという見方で市場が一致した場合、当該国通貨をみんなは買っていくわけだ。
 しかし、当然のように当該通貨が上昇するが、ある時を境に、その通貨は売り浴びせられる結果となることがみられる。
 まだまだ、その材料を織り込んだ状態にはなく、当該通貨を買っていない向きが多く、さらなる買いを持ち込んだとたん、その水準が当該通貨の高値になってしまったというわけだ。
 もちろん、こうした動きの背景には、仕掛け的な動きがあったともみられる。
 ファンド勢を中心に、当該通貨はまだ買えると思わせておいて、誰かが買いを入れると。その買いに売りを浴びせるというものだ。
 その昔、オーストラリアドルでよく見られたのだが、海外ファンド勢が豪ドルを買い推奨し、事実、豪ドルが対米ドルでも、対円でも上昇を続ける。
 我が国機関投資家は、そういう動きを見ていても、なかなか投資には踏み切れない。
 投資会議で、その年の投資はある程度決まっているので、いきなり投資には踏み込めないわけだ。
 そうしているうちに、個人投資家も加わって豪ドルの上昇は鋭角的な動きを見せてくる。
 そうなると、機関投資家もいつまでも待っていない。
 社内会議で、豪ドルで収益を上げようとして、豪ドル買いの動きに出始める。
 海外ファンドは、その動きをじっくり見極める。
 少額の買いには、少額の売りをぶつけ、まだまだ豪ドルが上昇余地があるということを見せつける。
 打診買いで、収益をあげた機関投資家は、次は大きなロットで豪ドル買いを持ち込む。
 その時、海外ファンドは一斉に豪ドル売りを持ち込む、あっという間に豪ドルを買った水準を割り込んだため、機関投資家は豪ドルのナンピン買いを持ち込む。
 豪ドルは一瞬支えられるが次の瞬間、海外ファンドの豪ドル売りで値を崩していく。
 こんなことを何度か繰り返して、豪ドルは大きく下落。
 結果として、遅れて豪ドル買いに参入した我が国機関投資家の屍が累々と並ぶわけだ。
 巨体が故の相場下手、よく市場ではそう言われていたが、今もその動きは変わらない。
 我が国機関投資家と逆の動きをすることで、収益を確保できるということは為替相場をかじったことがある人なら周知の事実だ。
 自分の金ではないので、損をしても機関投資家のディーラーは実感がないのでしょうね。
 損をしても、責任が取れる金額ではないことも、無責任なディーリング技術しかないのでしょうね。
 機関投資家が、相場に参加している限り、カモはいるのです。




材料の判断は市場次第
【2008年1月17日】

   一つの材料が市場の判断で、売り・買いにつながっていることを前回は書いてみた。
 市場が、その材料を当該通貨の買う材料と見るのか、売り材料と見るのかで、相場が動くわけで、良い材料が必ずしも当該通貨の買い材料にはならず、逆に悪い材料でもそれを市場が当該通貨の買い材料と見れば、売り材料にはならないわけだ。
 例えば、GDPがどこから見ても好調な数字となっても、市場がその程度の数字は織り込んでいたと判断すれば、その数字が出たことでこれまでの買いから、売りに転じることも数多いのだ。
 何度も書いているが、金利の上げ下げがその典型だと考えている。
 その国が金利を引き上げる姿勢を見せている時、ハイパーインフレに陥っていない国の通貨は、為替市場では買われるのが普通だ。
 経済的要因で、景気の持続的な好調さを維持しようとする時、中央銀行は利上げを行って、景気の過熱感を冷やし、息の長い景気を続けようとする。
 消費者物価指数などで、インフレの兆しがうかがえる時には、金利を引き上げる政策がいつ発動されるか、市場の関心はもっぱら利上げに集まるわけだ。
 実際に利上げが行われず、当局者の発言が利上げを意図するようなものになれば、金利差は拡大していなくても、当該通貨は為替市場では買われていく。
 近い将来の利上げを先取りし、金利差拡大を先取りした動きを見せるわけだ。
 総じて利上げ前夜が、当該通貨の上昇のピークになる。
 利上げが行われた時には、これまで当該通貨を買っていた向きが利食いの売りを持ち込む。
 実際には、利上げが実施され、金利差は拡大したはずなのに、当該通貨は売りに押される。
 事実を受けた動きは総じて、逆の動きになるということだ。




材料出尽くし
【2008年1月10日】

 よく市況の記事で、材料出尽くし、材料待ちなどの表現が使われます。
 市場が注目している材料について、市場の観測を述べているものです。
 先日も、わが国のGDPが発表される前は、材料待ちで動きが取りにくいとの見方がある一方で、市場の予測範囲内に落ち着くことを予想して、前期に比べ悪化するのを材料に円売りが強まったなどと表現されます。
 しかし、実際に材料が出れば、思ったほど悪化していなかった、当局のGDPの受け止め方は強気だったなどの材料が市場には巧妙に組み込まれていき、結果として、市場の予想の範囲内にとどまったものの、円は買い戻される動きを見せるわけです。
 本来なら、市場の予想通りの内容となったわけですから、前期に比べ悪化したことを材料に円がさらに売られてもおかしくはないわけです。
 しかし、予想通りに前期に比べて悪化しても、悪化はすでに織り込み、むしろ、その数字に対する当局の発言をにらんで、次のステージに進むわけです。
 逆に、予想に比べて、GDPの増加幅が拡大した場合には、予想が外れたわけですから、円売りのポジションを手仕舞って、円買いに転じる動きも予想されるわけです。
 普通なら、円買いに強く反応することが予想され、その通りに動くことも少なくはないのです。
 ただ、実際に強い数字が出た場合には、例えば、これでわが国の利上げが差し迫るような状況にはないなどとの理由が付けられて、円売りに拍車がかかることもあるのです。
 その動きは、その時々の市場のムードが左右するといっても言い過ぎではないと思います。
 さらに、市場の9割が同方向を見ていた場合には、たいした材料が出ないのに、相場が逆の動きをすることもあります。
 先行き円売り、円の下値めどを試したいなんて声が5割を超えたら要注意です。
 そうなると、いつ利食い(円買い)に転じようとする人が5割を超えているということになります。
 そのタイミングは様々ですが、円売りの材料が出ても、そうした場合には怒涛の円買いにつながる可能性が少なくありません。
 また、実際に悪い経済指標の発表が予想される中で、その通りの数字が出た場合には、悪い材料はこれで出尽くしたというロジックで、これ以上は悪い材料はないとして、円買いに転じることもあるのです。
 これを材料出尽くしというわけです。
 材料出尽くし、何とも都合の良い言葉です。




難しい織り込み度
【2008年1月5日】

 為替相場の大きな特徴は、金利差がものをいう世界であることは前述した。
この他にも為替相場を動かす要因として、ファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)がある。
 これは、その国の経済が好調なのか不調なのかどうか。
 あるいは、国内政治が安定しているかなどもいわゆるファンダメンタルズの中には含まれる。
 経済の好不調の場合は、金利差という形で示される場合が普通で、その意味でファンダメンタルズは、その国の金利の動向に大きな影響を与えるものとなる。
 それ以外に、ファンダメンタルズといった場合には、その国の経済の状況が足元ではどのように変化しているかが大きな材料になる。
 経済が不調から好調に変化していく場合、GDPや失業率が、まだまだ低水準であった場合でも、これまでの水準から明らかに上向きに変化した場合は、ファンダメンタルズが好転したと見られ、その国の通貨が買い進まれる動きを見せる場合が少なくない。
 例えば、米国のGDPが年率換算で5.0%であった場合、日本のGDPがこれまでのマイナス成長からプラス0.5%に変化した場合、明らかに米国のGDPが日本を上回っているから、ドル高・円安という構図が成り立つ。
 しかし、成長率は低くても、日本がそれまでのマイナス成長からプラスに転じたことが評価され、ドル安・円高になる場合が少なくない。
 つまり、成長率の差、あるいは失業率の差(失業率は国によってカウントが異なるために単純に比較できないが)、あるいは経常・貿易収支の数字などで、2国間を比較した場合、通常は数字が良い国の通貨が買われるというのが原則だ。
 しかし、数字的には低くても、低迷していた数字が上昇に向かう兆候が見られた時には、その国の通貨に買いが集まるという構図が成り立つわけだ。
 こうした数字が発表される前に、それ以前から市場は良い数字を織り込む形で、通貨が上下する動きが一般的だ。
 良い数字を織り込んでその国の通貨が買われていた場合には、良い数字を見て、さらに買い進まれると考えるのが普通の考え方だ。
 しかし、時によって、しばしば買われていた通貨が、結果はさらに良くても売られる動きとなることもある。
 これは、すでに、良い数字を織り込んでいたことで、その国の通貨を買い持ちにしていた投機筋を中心に利食いの動きが急速に広がることも少なくない。
 結果として、好調な数字が出ても、事前にその国の通貨が買われていても、結局は売りに押されることもあるわけだ。
 これを金利差で言うと、事前の予想どおりに金利が引き上げられ、金利が現実に拡大したとする。
 しかし、この金利引き上げは織り込み済みとの見方が広がり、利食いの動きが強まると、実際に金利差は拡大したしたのに、金利を引き上げた国の通貨が売られるという現象が起きるわけだ。
 本来なら、金利差が拡大したわけで、金利差を見て上下する為替相場という特性から考えても、金利を引き上げた国の通貨が強くならないとおかしいわけだが、そうはならないものと考えることが重要です。
 となると、大きな材料が出る前には、その結果を見通すことはもちろん、その結果の折り込み度がどうなっているのかを考えることも重要です。
 その結果、相場がどう触れるのか、どちらにバイアスがかかっているのか、これを事前に予測できれば、ある程度はポジションを維持して、収益をあげることもできるわけです。
 プロのプレイヤーも、織り込み度の見方では混乱することが多く、結果として、後追いで動いて大きく損失を被ることもあります。
 一番良いのは、大きな材料が出るときは、確信がない限り、ポジションはスクエアにしておくというのが勝利の方程式です。
 それでも、ポジションを作りたい、収益をあげたいという人は、是非、当コラムを読んでください。
 あるいは、このホームページを見て下さい。
 大きな材料を前に、織り込み度がどの程度のものなのか、市場の見方を紹介すると共に、考え方を明記しておきます。



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